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NOBUNAGA マナドの戦

マナドの戦
 
 遂に子どもたちから、敵がこちらに向かってやってくるとの知らせが届いた。
その知らせを合図に、村祭りが始められた。
 本来楽しいはずの村祭りだが、今日のマナドの人々の顔色は曇っていた。
 笑顔がない。
 皆緊張した面持ちで、まるで祭りではないようだ。
 これでは、敵に何かあると感づかれてしまう。
 信長は、村の長老に祭りなのだから、皆楽しそうにするように促してくれるように言った。
 だが、皆の緊張した面持ちは変わらなかった。
 戦をしたことも、戦ったことも、人に抗ったこともない人々だ。仕方ないと思った。
 しかし、このままでは、折角の作戦が上手くいかなくなってしまう。
 何とか、人々を笑わせ、楽しそうにさせなければだ。
決して楽しそうではなく、皆緊張していた。
 そもそもマナドの村人は平和的で楽天的な人々だ。戦もあまりしたことがない。
それだけ彼らは緊張していたのだ。
 村人たちは、これから始まる戦のことで、頭が一杯で真剣に舞えなかった。
 楽しめなかったのだ。
 これから起きるであろうことを想像すると、祭りをして舞う事、笑うこと、楽しむことなどできなかった。
 何が起こるか解らないので怖かったのだ。
怒ったポルトガル人たちのことも怖かったのだ。
身体中から汗が噴き出すほど緊張し、怖がった。
 中には、戦をするなどということは止めて、ポルトガル人に従って、食料も、何もかも奴らに渡せば良いと言い出す者さえでてきた。
 だが、マナド村の長老は、一度食い物を渡せば、彼らは必ず収穫の時期になればまた戻って来て、食い物を根こそぎ持っていくことになるに違いない、と言った。
 それだけではない。
金が出るとなれば、必ず戻ってくる。
最初が肝心だ。
痛い目に合わせて、割が合わないと知らしめないとだ。
もう二度と戻って来たくないように痛めつけてしまわないとダメだ、と息巻いた。
そして、香辛料を売る約束をしたオランダ人たちに守ってもらうのだ。
そうすれば安心だ。
 村祭りは、舞をそっちのけで、人々の言い争いになり、まるで村の会議のようになってしまった。
踊って無邪気に喜んでいるのは、子どもたちばかりであった。
 長老たちは、話し合いを続けた。
この子どもたちの為にも、大人はマナドを守らなければならない。
それが、親の務めだとも言った。
 信長の心は決した。
揺ぎ無いものになっていた。
絶対に負けられないと強く心に誓った。
そして、オランダの東インド会社とオランダ軍が援けに戻って来てくれると信じた。
そんなことを内心思っていると、如水が信長に言った。
「相撲をやりましょう。郷の祭りでも、相撲をすると皆真剣になり笑います」
「で、あるか」
 如水が、弥助を引っ張り出して来て、倭人の中で一際大きい男と相撲を取らせた。
 彼は、力自慢ではない。
 身体が大きいだけだ。
 弥助が容赦なく投げ飛ばすと、彼は尻餅を付き目を回して座り込んだ。
 その様子が面白かった。
 子どもたちが、その様子を見て大笑いをしだした。
 すると、信長は、弥助に促し、再度その男を投げ飛ばさせた。
 男には申し訳ないが、弥助に投げ飛ばされたその様子がおかしかった。
 子どもたちが大笑いしだしたら、つられて大人たちも笑いだした。
 その笑いを切っ掛けにして、祭りの踊りも賑やかに踊りだした。
 皆の顔にも笑顔が戻った。
 弥助たちの相撲の様子が面白く、恐怖心を忘れてしまったのだ。
 その代わりに、祭りをしていたことを思い出した。
 一気に、村祭りが賑わいを見せてきた。
「でかした」
と信長は、小さな声で弥助と如水、それと大男に礼を言った。
 
 そうこうしていると、ポルトガル人がもうそこまで戻って来ていると見張りの子ども戦士が梟の鳴き真似をして報せてきた。
 いよいよだ。
信長は、皆に大きな声を出さぬように、目配せした。
信長が持つ短銃の射撃音を合図に、一気に攻めることになっていた。
 何も知らないポルトガル人は、村祭りが行われているので油断するに違いない。
そこを一網打尽にする手筈であった。
いよいよ戦が始まる。
 信長は、掌に汗をかいていた。
そして、拳を握り締めた。
戦の始まるまでは、いつもそうであった。
この緊張感が、信長は嫌いではなかった。
 一旦戦が始まってしまえば、無心で戦い、全身の神経を集中するので、そんな緊張感も吹っ飛んでしまい戦いに集中し、翻弄されてしまう。
だが、戦が始まるまでは、この高揚感で武者震いが止まらない。
いつものことであった。
まるで、遥か昔の初陣の時の様であると信長は思った。
 
遂に何も知らないポルトガル人たちが、無防備で村に帰って来た。
斥候の為に先に返した三人が帰ってこないので、当然おかしいとは思っているはずだ。
先に帰った三人が、直に皆が帰って来ると教えられ、村祭りで彼らを歓迎してくれていると勘違いしている者たちもいた。中には酒を飲みながら酔っ払って戻って来る者さえいるほでであった。
先頭にたったポルトガル軍の軍服を着た大将らしき男レオナルドは、何か不信感を頂き、異変を感じているようであった。
マナドの村人の表情に笑みがない。
踊りもどこか余所余所しくぎこちない。
そうレオナルド大将が思った刹那、信長軍の攻撃が突然開始された。
信長の持つ短銃の銃声が村中に轟いた。
信長の放った弾丸は、レオナルド大将の左上腕を掠め、彼の軍服が焼け焦げる臭いがした。
その銃声を合図に、村人たちは蜘蛛の子を散らしたように村の中に散った。
段取り通りだ。
信長は、大般若長光を抜刀した。
皆、事前に決められている配置についた。
信長の放った銃声を聞き、別動隊の蘭丸たちも、密林の中で飛び出す用意をした。
鬨の声を合図に、一気に密林から飛び出し、ポルトガル人たちを挟み撃ちにする段取りであった。
何が起こったのかと右往左往するポルトガル人たちとその奴隷たちであった。
そんな彼らを、信長は容赦なく斬り捨てた。
突然のことで、予期していなかったので銃に弾を装填していない者が多かった。
彼らは慌てふためいた。
しかし、油断大敵である。
レオナルド大将は、気付いていたようだ。
「何かおかしい。三人も帰ってこなかった。村の様子も変わっている」
 最初から、何かおかしいと感じている様子のレオナルド大将であった。
 だが、他のポルトガル人兵たちは、呑気の酔っ払い飲んだくれながら帰って来た。
彼らは、まさかあのマナドの村人たちが、自分たちに抗うわけがない、と高を括っていたようであった。
レオナルド大将だけが、疑っていた。
虫の知らせというか、勘としか言いようがない。
このような混沌とした状況下の戦場では、その頃の火縄銃はあまり役に立たない。
そのことを信長は知っていた。
弾もこめなければならないし、種火もつけないとならない。
面倒な代物であった。
だが、その面倒な代物でも、信長は上手く、有効利用し、長篠の戦を制し、武田家を滅ぼした。
そんなことを思っている信長の横で、力丸は、長槍を縦横無尽にポルトガル人兵士へ繰り出し、突き刺していた。
ほろ酔い加減のポルトガル人兵士たちには、何が起こったのかさっぱりわからなかった。
逃げ惑うポルトガル人たちを狙って、椰子の木の上からは、椰子の実礫が子ども戦士によって投下された。
命中率は驚く程高かった。
ポルトガル人たちは、陣形を立て直すことすら出来ずに右往左往した。
そうこうしている間に、信長は大きな鬨の声を上げた。
すると背後の密林に潜んでいた別動隊が、密林の中から声を上げながら飛び出してきた。
退路を断たれたポルトガル人兵士たちは、踵を返し、仕方なく村の方へと敗走した。
敗走したポルトガル人兵士たちは、信長軍が用意しておいたキング・コブラが放たれている落とし穴へと次々と落ちて行った。
穴に落ちたポルトガル人たちは、コブラがいるとは知らず、藻掻き暴れ回った。
すると彼らが藻掻き回り暴れた所為で、攻撃されたと勘違いしたキング・コブラたちは、一斉に鎌首をあげて攻撃態勢に入った。
そして、間髪を入れずに、穴に落ちたポルトガル人兵士たちに噛みついた。
穴に落ちたポルトガル人兵士たちが、次々に呻き声をだし、口から泡を吹いて全身を痙攣させた。
穴に、多数のキング・コブラが居ることに気付いたポルトガル人兵士たちは、必死に穴から這い上がろうとした。
だが、穴が深いので這い上がることはできなかった。
まるで地獄絵のような光景が繰り広げられた。
奈落の底で、ポルトガル人兵士たちは、悲鳴をあげながら息絶えた。
信長は、穴に落ちぬように味方に怒鳴りながら、村の中に逃げ惑うポルトガル人兵士たちを次々に袈裟切りにして歩いた。
力丸や蘭丸も、次々と得意の長槍で、袈裟切りにしながら、串刺しにして歩いた。
弥助は、豪腕で次々とポルトガル人兵士をイング・コブラの居る穴へと投げ込んだ。
独狐は、影の軍団と一緒に、忍者のごとく素早く村の中を走り回り、縦横無尽にポルトガル人兵士たちを斬り捨て倒していた。
ほんの半時ほどの戦いであった。
だが、大成功であった。
生き延びたポルトガル人兵士たちは、一目散に敗走して村から出て行った。
海に飛び込むもの、ジャングルへ迷い込む者、皆宛てもなく胡散(うさん)霧散(むさん)した。
奴隷たちは、どさくさに紛れて逃げ出す者もいた。
取り敢えず、奴隷たちは一度捕縛した上で、それぞれの望みを訊き、仲間に成りたい者がいれば拒まなかった。
命乞いをして、ポルトガル人のところから逃げたいと真っ先に来る者も少なくなかった。
信長は、そういう奴隷たちは殺さずに集め、戦が終わるまで、斥候の二人と共に、浜の椰子の木に鎖で手枷足枷し繋いでおいた。
戦が終わってから、彼らの処遇を考えるつもりであった。
現状では、何時寝返るかわからない。
油断も隙も無い。
一度寝返った輩は、必ずまた寝返る。
それは信長が常に心掛けていることで、肝に銘じていることであった。
裏切り者は、一番信用ならん、と信長は思っている。
荒木村重の裏切りで、信長は煮え湯を飲まされた。
明智光秀も然りだ。
それだけではない。
一度裏切った者は、必ずまた裏切る。
そのことは肝に銘じていた。
戦が終わるまでは、油断できない。
人は生き残る為には、何でもするし、嘘もつく。
勝敗が決した後に、一人一人吟味することにした。
第一戦は、大体、勝敗がついたように感じた。
結果から言えば、圧勝であった。
だが、ポルトガル軍の大将レオナルドは、かすり傷だけで調子よく自分だけは逃げ去った。
残念ながら、大将が逃げ去った以上、再び攻めて来ることは確実だ。
しかも、今度は、陣形を立て直して、本気でせめて来るはずだ。
勿論、銃を主体にした戦になることは間違いない。
彼らがどれだけの銃を持っているかで、戦の勝敗に影響がでる。
信長はそう思った。
こちらもある程度の銃は持っている。弾薬もある。
オランダ軍も合流したので、多少安堵している。
だが、今回の戦に、オランダ軍は間に合わなかった。戦が終わった頃合いにやってきた。
もしかすると、そのように図って来たのこもしれぬ。
オランダ軍も、まだ完全に仲間だとは言い切れない。
ポルトガルの大将を追う戦の時に、本当に味方なのか、或いは敵なのかを見極めようと信長は思った。
あのヤン・ヨーステンという男は、商人でなかなか利に長けている。
狡賢いところもあるに違いない。
まだ油断はできない。
しかし、その気持ちは、まだ皆には吐露しないつもりであった。
何故なら、そんなことを言ったら、マナドの村人たちが一気に浮足だってしまうからだ。
堺で千宗易が乗せてくれた火縄銃が百丁。マニラで盗んだ軍艦に乗せられていた銃がやはり百丁程。それと二隻の軍艦には大筒が何門もある。
最初のポルトガル貿易船にも大筒が一門ある。弾丸もマニラで奪取した軍艦にはそれなりの数が積まれていた。
しかし、現状では、彼らがどれだけの銃を持っているか、大筒を持っているかは皆目わからない。
今日の戦で、何丁かの火縄銃を戦利品として確保することができた。
ただ、それを扱える人が何人いるかということが、大きな問題であった。
武器があり、弾があっても、扱える人員に限りがある。
村人や奴隷として売られようとしていた倭人はいるが、戦士の数に限りがある。
影の軍団、森三兄弟、如水、右近、それと如水や右近の側近たち、それと奴隷船員たちだ。
オランダの東インド会社の船とオランダ軍が戻って来てくれたが、彼らの正確な兵力はわからない。
彼らの第一目標は、モルッカ砦の攻略だ。
その為に兵力だ。
それをどこまで使えるのかは、オランダ軍の大将の判断だ。
現状では、確たることは何も言えない。
モルッカ海にオランダの軍艦を呼びに行っているだけなので、直ぐに戻って来たことは嘘ではなかった。
だが、軍艦一隻とヨーステンの貿易船だけだ。
ヨーステン曰く、あとの軍艦はモルッカに残ったと言っている。
彼らが、裏切らなければ。
彼らの目的は、香辛料を仕入れる先を確保することが最優先だ。
その為に、スペイン砦を攻略し、スペインとポルトガルを一掃しようとしているのだ。
彼の言っていることが本当ならば、そういうことであるはずだ。
マナド村の長と約束、条約を結んだので、裏切らずに戻って来るであろう。
ましてや、オランダとスペイン、ポルトガルは敵対関係にある。
ここで戻って来なければ、信長たちもモルッカの砦を攻略しには行かない。
彼らは、裏切ることはないであろう。
香辛料とやらを、約束を違えずにオランダへ渡してやったなら、彼らはマナド村を守る大義が生まれる。
国は違えど、肌の色は違えど、約束したことは違えないであろうことを信長は密に祈った。
そうなれば一気に逆転勝利へと導ける。
そのことを期待するしかないと内心密に思った。
だが、目の前に実際に彼らは来たが、戦が終わった直後であった。
まるでどこかで眺め観ていたようにさえ感じたのは信長だけではなかった。
しかし、彼らを当てにせずに勝ち延び、生き延びることをも考えなければなのかもしれぬ。
正直、海の物とも、山の者とも解らぬということが現状だ。
 
因みに、長篠の合戦では、二重三重に銃撃部隊を配置し、間断なく銃撃することで、武田勝頼軍を駆逐し圧勝することが出来た。
信長にとっては、得意な戦法である。
問題は人員確保だ。
今から訓練したのでは間に合わない。
過去を顧み自慢しても、腹の足しにもなんにもらぬ。
戦の数だけ、戦略、戦法、陣形あると信長は心得ている。
臨機応変にというのが、唯一無二の信長の戦の仕方だ。
 
戦況は、悪くなかった。
三十人のポルトガル人の内、七人を倒すことができた。
外国人奴隷は、二十五人倒した。
彼らには、申し訳ないと思った。
だが、戦いの場で判断することは出来なかった。
問答無用であった。
自分が生き残れるか否かという戦場では、迷いは大敵だ。
戦場で、その判断は出来ぬ。
申し訳ないが、死んでもらう他に術はなかたt。
三十二人の内、六人がコブラに噛まれて猛毒で絶命した。
短銃七丁、火縄銃十五丁が戦利品として得る事が出来た。
その内、七丁はコブラが放たれている穴に落ちている。
だが、コブラを撃ち殺さないと拾い上げることはできない。
子ども戦士による、椰子の実爆弾は、思いの外効果絶大であった。
大成功であった。
子どもたちは、かなり自信を付けた。
だが、そういう頃合いが一番危険だ。
油断がでる。
成功と驕りは背中合わせだ。
雲水は、彼らのことが心配であった。
変に自信が付き、必要以上のことをして、何か危険に遭遇するのではないか、と雲水は案じた。
 
思いもよらず効果があったのは、長老たちによる吹矢攻撃であった。
俊敏さはないが、正確に的を射た。
鏃(やじり)には夾竹桃(きょうちくとう)の毒が塗ってある。
音はしないし、何処から撃ってきているかわからない。
吹矢が命中した途端に、口から泡を吹き、く間に毒が前身に回り絶命する。
鏃(やじり)の先に、コブラの毒より強いという夾竹桃(きょうちくとう)の毒が塗ってあった。
吹矢で首を射られ、嘔吐し、その場に倒れ、四肢が脱力し、卒倒して死んだ敵が五人もいた。
何と言っても、銃とは違い音がしない。
それなのに、殺傷力は絶大であった。
 
話は変わるが、信長は、夜陰に紛れて船を攻撃されることを恐れた。
船に居るのは、ほとんどが女子どもたちだ。
奇襲攻撃を掛けられたら一溜まりもない。
敵の奇襲攻撃を案じた信長は、マナド族の樹を刳(く)り貫いた丸太船で弥助と力丸に送ってもらい、船に攻めて来る敵に備え守りを固めることにした。
しかし、船に残っていた如水が、既に力丸に命じて奇襲攻撃に備えて、影の者たちに周囲を見張らせていた。
それでも月明かりだけの闇夜では、暗い海から奇襲攻撃で音を殺して昇ってきたら気付くことは難しい。
信長は用心するように力丸に命じた。
 
力丸が船に戻ると、力丸のことを心配していたエルサが、力丸に抱き着いた。
信長が反対側に居たので、力丸もエルサを拒みはしなかった。
エルサの肌の温もりが力丸の肌に伝わり、力丸は無性にエルサが愛おしくなった。
弥助は、偶然二人の情事を目の当たりにしてしまった。
目のやり場に困った弥助は、鼻歌を奏でて空を眺めた。
満天の星空から、まるで星が降って来るのではないかと錯覚するほど、多くの星が夜空に煌めいていた。
信長が、弥助の鼻歌を聴き、弥助を咎(とが)めた。
「弥助、音を出すな」
「申し訳ございませぬ」
 そう言って暗闇の中で首を垂れた。
 気付くと、力丸とエルサの姿は、既にそこにはなかった。
 弥助は黙って星空を見入った。
 
 

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