【根岸S】ブロードアピール被害者の会会長エイシンサンルイス
今年も根岸ステークスの季節がやってきた
根岸ステークスと言えばブロードアピール、ブロードアピールと言えば根岸ステークス……という方も多いのではないだろうか。
いやまあものすんげぇ脚だったから記憶に残るよ、しゃーない。
実は2000年の根岸ステークスは秋開催だから季節が違うのだが、細かいことは気にしてはいけない。
怪物牝馬が名を挙げた一方で、あの末脚に泣いた馬も存在する。
表題のエイシンサンルイスである。
あのすんげぇヤツと出会う前
エイシンサンルイスのデビューは1998年秋の3歳新馬(旧年齢表記)。
実はアドマイヤベガやナリタトップロード、そしてあのテイエムオペラオーらと同期である。
ダートの短距離を中心に走り始めて成績が安定し、古馬になって迎えた2000年。
ヤツとの出会いは、5月の栗東ステークス(ダート1200m)だった。
他にもいるすげーやつ
エイシンサンルイスは前走コーラルステークスで1番人気サウスヴィグラスを下して勝利を収めていた。
栗東ステークスにはそのサウスヴィグラスも参戦しており、ここでも単勝1.8倍の圧倒的支持を得ている。
後に交流重賞をこれでもかというほど勝つ馬だからね、すごいね。
対するエイシンサンルイスは2番人気には支持されていたものの、単勝6.5倍とサウスヴィグラスへの支持とは開きがあった。
で、問題のブロードアピールはというと。
穴人気?
ブロードアピールは、単勝14.1倍の6番人気。
そりゃそんなもんよ、初ダートだもの。
3走前のシルクロードステークスで重賞初勝利を飾ったが、その後はGI、GIIで敗北。
芝で頭打ちになった馬がダートに挑戦、というのは今も昔も変わんないんだね。
「まあ初ダートだし馬券的には一応抑えておくか」くらいの気持ちにはなるだろうか。
出会ってしまった
レースが始まると、エイシンサンルイスとサウスヴィグラスは仲良く並んで2番手3番手。
逃げ馬を追いかけて、前半600mの通過タイムはなんと33秒8(芝かな?)。
ダート戦でまれによく見る猛烈なハイペースだ。
前の馬はバテるけど、後ろの馬も追走で脚を使わされて結局みんなでバテるパターンである。
このレースも前に行った3頭で決まりかな~、と思われた。
なんなら他の2頭に競り勝ってエイシンサンルイスが抜け出し加減だ。
が。
なんか外からすごい勢いですっ飛んでくる馬がいるではないか。
ヤツだ、ブロードアピールだ!
直線だけで他馬をゴボウ抜きの豪脚を食らってしまい、悲しいかなエイシンサンルイスはゴール直前でクビ差交わされ2着に敗れてしまったのであった。
なおブロードアピールの上がりは34秒1(芝かな???)。
牝馬コワイ
2歳年上の牝馬に分からせられてしまったエイシンサンルイス。
しかしめげずに翌月はプロキオンステークスに出走して重賞初挑戦。
コワイお姉さんはなんかまた芝に戻って行ったし、今度はきっと大丈夫。
……と思っていたら、なんと今度は同級生の牝馬ゴールドティアラが参戦してくるではないか。
このときゴールドティアラはすでに重賞2勝。
同年フェブラリーステークス2着と実績に申し分なし。
強力なライバルである。
しかしエイシンサンルイスとて負けていない。
ここ最近の走りが評価され、1番人気ゴールドティアラの単勝2.1倍に対し、2番人気で単勝2.5倍と差のない支持を受けている。
レースが始まると、先手を奪って逃げて気持ちよく一人旅。
このままスイスイ逃げ切るかと思いきや、ゴールドティアラの差し脚に屈してまたもや2着に敗れてしまったのである。
立て続けに牝馬に差し切られて傷心のエイシンサンルイス(知らんけど)は、このあと半年ほどレースをお休みすることになったのであった。
どうも、伝説の2着です
復帰戦は2000年11月12日、運命の根岸ステークスとなった。
エイシンサンルイスは3番人気。
1番人気は、ヤツことブロードアピールである。
なんだよ、あいつ芝に帰ったんじゃなかったのか!
2番人気は当時まだあった宇都宮競馬のベラミロード。
前走の東京盃では中央馬を蹴散らして優勝を果たしている。
この馬も牝馬なんだよなあ……。
さてそれではレースを振り返ってみよう。
ゲートを飛び出して先頭集団を形勢したのは3頭。
エイシンサンルイスとベラミロード、それに加えてゴールデンチェリー。
ゴールデンチェリーも地方馬で、中央から愛知に移籍した馬だ。
第4コーナーを回って最後の直線に入って、エイシンサンルイスが一緒に逃げた2頭を振り切って抜け出しを図る。
完全に1頭抜け出して必勝態勢に入ったエイシンサンルイス。
一方、どう考えたってあんな位置からじゃ届くわけないでしょって感じの後方にいるブロードアピール。
しかしここでブロードアピールが異次元の末脚を炸裂させる。
いやホント何回見てもにわかには信じがたい豪脚だよ、マジで。
今もなお語り継がれる伝説の末脚に屈したエイシンサンルイスはまたも2着。
ほぼ手中に収めていたはずの勝利の栄光は、するりと彼の手からこぼれ落ちてしまったのだった。
ちょこっとその後
とんでもねぇ牝馬に分からせられたエイシンサンルイス。
分からせが尾を引いたのか、続くシリウスステークスでは1番人気に支持されるも2着。
これで4戦連続の2着となった。
また年が明けた2001年、1月のガーネットステークスにも出走するも4着。
ここから1年9ヶ月ほどの長期休養に入り、園田競馬に移籍して3戦1勝の成績を残して引退する運びとなった。
おまけ
分からせは仕方ないにしても、順調だったらもっと活躍できた馬だよなあ……。
交流重賞の常連として親しまれたであろう1頭である。
いやあの時代のダート戦線はなかなか魔境じみていたのではあるが(ノボノボとか)。
無双とまでは行かずとも、いくつか重賞タイトルを携えて種牡馬入りしていたかもしれない。
そんな可能性を大いに秘めていながらも、結果だけ見たらなんかおっかねぇ牝馬の引き立て役みたいな役回りになっちゃった。
そんな馬のお話。
