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【番外編】映画『囁きの河』を観て──土地と魂の交信|なんとなくスピリチュアル☆元TVディレクターの異界体験録


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この映画のテーマは、
「身土不二(しんどふに)」なのだと思った。

自然災害に傷つき、
生活の基盤を揺るがされながらも、そこに根を下ろし生きる人々。
その土地で生きること、その風土と共にあること――
それはただの郷土愛ではない。
魂と肉体が土地と結びついているという、
もっと根源的なものだ。

6月29日、熊本県人吉市で行われた、
映画『囁きの河』の先行上映会へ足を運んだ。
私の住む宮崎市からは、車で1時間半ほど。
初めて訪れた人吉市は、
司馬遼太郎が書いた通り、
まさに、”日本一豊かな隠れ里”だった。
歴史と伝統が、途切れることなく息づいていることを、
感じさせるパワーがある。

この作品の監督・大木一史氏は、かつて同じ職場で1年半ほど同僚だった方である。物静かで知的な印象の人物だったが、当時から大学講師、映画製作を手掛けており、映像制作と教育への強い情熱を秘めていた。そんな彼が、人吉を舞台に、どんな映画を撮ったのか。ずっと気になっていた。

印象的なシーンが
いくつもあった。
たとえば、旅館の女将が、閉業を決意し、旅立つその直前になって突然、廊下のガラス戸を狂ったように磨き始める場面。あの瞬間、女将は気づいたのだろう。この土地と建物と自分自身は切り離せないのだと。そこにあったのは、執着ではなく、一種の融合だった。

また、余命宣告を受けた農家の妻が、人吉に残って再出発を決意した途端に、体調が回復し始めるというくだり。 「居場所ばなくしたら、自分で取り戻すしかなか」と語る台詞には、その地に身も心も委ねることで、大自然の癒しが訪れるという真実が込められている。

そして何より心に残ったのは、大木監督の幻想的な演出だった。
川の神「川太郎」が、物寂しいチンドン屋とともに現れるシーンは、その瞬間、異界への入り口が開いていた。 大地と、川と、人と、神が交信するための“夢のかたち”なのだろう。
フェリーニのような幻想美が漂っていた。
球磨川流域には、山ん神・川ん神への信仰が、物語の土台として静かに息づいているのだ。

プロデューサーには、グリーンツーリズムの推進者として知られる青木辰司・東洋大学名誉教授が名を連ねており、俳優陣も良かった。 地元出身の中原丈雄をはじめ、清水美沙、渡辺裕太、宮崎美子、三浦浩一、篠崎彩奈、不破万作といった実力派たち。誰ひとりとして、浮いていない。
そこに「在る」人として、自然にこの土地に溶け込んでいた。


最終の上映会は、満席だった。
映画が終わると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
スタッフや出演者による舞台挨拶では、会場全体が一体となった温かい空気に包まれ、地元ボランティアの支えの大きさが、ひしひしと伝わってきた。

この映画を通して人吉市民たちの心が一つになったことの意味は、計り知れないと思う。
エンドロールに並ぶ膨大な協力者の名前が、この映画がどれほど多くの人の想いに支えられて生まれたのかを物語っている。

地域の再生における映画製作の力を、改めて感じた作品だった。
7月11日からは順次全国公開が始まる。
ぜひ多くの方々に観てほしいと願う。

そして、河の囁きを聴き取って欲しい。

ーーおわり

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