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【短編小説】白百合

「ごめんください」
声のする方を見やると、逆光に照らされた人影が玄関先に立っていた。
それは白いワンピースに柔らかい黒髪がよく似合う、真夏の青空に溶け入りそうな美しい女だった。

「お裾分けに来たのです。家で獲れました。たくさんあるので良かったら」
女の腕には大きな花束が抱えられていた。
「そうですか、ではありがたく」
差し出された花束を受け取る。大ぶりの白百合の切り花が五、六本入っていた。いくつかの蕾も見える。
「こちらこそ、突然すみません。ありがとうございました」
女がにこりと微笑む。
受け取った花束を見ると、上品な香りが鼻を抜ける。

「綺麗ですね」
突然の賛辞に驚くと、女は鉢植えを見ていた。
数年前、近所のホームセンターで買ってきた観葉植物だ。緑でも置いておけばこの殺風景な部屋も少しは彩るだろうと思い、半額という言葉も相まって買ってきたのだ。丈夫な種類らしく、ろくに世話をしなくてもよく育った。
「昔に買ったんです。たまに水をやるだけでいいので花より手がかからんし、おすすめですよ」
「そうですか」
女は植物に近づき、葉を覗き込んだ。そして葉の根元を指さし、
「あれはなんですか?」
「ああ、それは子株です」
「子株?」
「親株の根元から出てくるんですよ。親株が自分の根を増やして、そこから新しい株ができるんです」
「そうですか」
女は子株を指先で突きながら
「人間もそうであればいいのに」そう、ぽつりとつぶやいた。
「すみません、長々と。お邪魔しました」
そう小さく頭を下げ、女が帰っていく後ろ姿を見送った。

家にある花瓶を探し、机の上に飾った。白百合といえば、清楚で凛とした美しい花である。安い木造の仮宿には到底似つかわしくなかったが、スッとしたその佇まいは堂々として机の上に鎮座していた。
翌朝、蕾が一つ開いた。大きな花弁がこちらを見ている。真っ白な花弁と儚げな美しさが、どこかあの女を彷彿させた。
次の日もまた一つ、蕾が開いた。白百合はいつまでも綺麗なままだった。

何日か経った頃、買い出しに商店街に出かけた折にあの女を見かけた。
すれ違いざま、彼女も気づいたようで会釈をしてきた。女はまた花束を抱えていた。
「この間はどうも」
「こちらこそ。あの花のおかげで部屋が華やいで助かってます」
「それなら良かった」
優しく微笑む顔と共に甘いふわっとした香りが私を包んだ。
「花がお好きなんですね」
女は微笑みながら花束に目を落とす。
「……そう見えますか?」
「え?」
「いえ、そう見えたのなら嬉しいです」
にこりと私に微笑みかけ、「ではまた」と言い女は去っていった。
以前と同じ真っ白なワンピースを身につけていたが、心なしか腹が少し大きくなっている気がした。
家に着き荷物を置いた。机の上にある白百合と目が合う。純白な美しさを保ってそこに佇んでいる。よく見るとまた一つ蕾が開いていた。

朝、花瓶を手に取り白百合を取り出す。水を捨て、少し茎を切ってから、新鮮な水の花瓶の中に入れる。それが日課になってきた頃、私はある異変を感じた。
「……この花、切っても切っても短くならないなぁ」
花瓶を机に置き、眺めてみるとやはりおかしい。
あれから一か月も経つというのに、花は全く色褪せず漂白されたような花弁を保ち続けている。いくつかあった蕾はすべて咲き誇り、五、六本あった白百合は今では十本近くに増えているように感じた。
なんだか不気味に感じた私は、それらを全て棄てることにした。
白百合の束をまるごと掴み、投げ捨ててあった朝刊を広げ、包み隠した。
それをゴミ袋にねじ込み、そのまま外のゴミ置き場まで持っていった。
もうすぐ秋分だというのに、外はまだ暑苦しく夏の余韻を残している。
額の汗を拭いながら玄関を開けると、あの甘ったるい芳香が部屋を充満していた。なんだかそれは私の体臭と溶け合っているような気さえした。

以来、女と会うことはなかった。
私もあの花のことなどとうに忘れ、平凡で代わり映えのしない日常を過ごしていた。
そんな頃、近所で妙な事件が起こった。
なんでも公園の片隅に、赤ん坊が棄てられていたという。しかもそれが新聞紙に包まれて、ベンチの上に置いてあったそうだ。
そんなことをひそひそと話す奥さん方を横目に、私はふと、何かを忘れているような気がした。

玄関先の鉢植えに、子株がまた一つ顔を覗かせている。

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