名前を使い分けるのが当たり前の時代へ

私たちは、ごく当たり前のこととして「名前というのは一生変わらない」と思っていますが、かつての日本社会では、もともと「名前が変わる」ことはごく自然な前提でした。

まずは生まれてから幼名が与えられ、15歳ごろに元服によって名が代わり、さらには通称や官職名を名乗ることも珍しくなく、さらには還暦によって名前が変わり、亡くなってからは戒名が与えられました。

つまり、かつての日本において名前とは固定されたラベルではなく、

その人がいま人生のどの段階にあり、社会においてどの役割を担っているのかを示す可変的な記号

だったわけです。

この感覚は、私たちが親しんできた時代劇を思い浮かべると、より分かりやすくなります。たとえば「火付盗賊改」や「町奉行」といった呼び名は、個人名ではなく役割名です。誰それという固有の人物を指しているのではなく、「その職務を担っている者」を示している。だからこそ、同じ役職は時代ごとに人が入れ替わっても、同じ名前で呼ばれ続けるわけです。

たとえば「大岡越前」という呼び名がそうです。私たちは「大岡越前」と聞くと、ある固有の人物を思い浮かべがちですが、本来「越前守」というのは役職名であって、特定の個人を指し示すものではありません。

しかし、実際のところ、私たちは「大岡越前」と聞けば、ある固有の人物を思い起こします。これはつまり、個人の属性として、その構成要素に役割があるのではなく、役割が人を名乗らせている、ということです。本来、その人の名前とは「この人はいま何者として振る舞っているのか」を示す社会的な装置でした。

こうした社会では、「名前=人格の本質」ではありません。むしろ、人格や生き方が変われば、名前が変わるのが自然だったのです。幼名から元服名へ、通称から官職名へ、さらには隠居名や号へと、人生のフェーズに応じて名前が切り替わっていく。名前は、その都度更新される「現在形の自己」だったのです。

ところが近代以降、戸籍制度と学校制度、そして企業社会の成立によって、「一生同じ名前で生きる」という感覚が常識になります。私たちは無意識のうちに、「名前=不変の自己」と思い込むようになりました。しかし、これは歴史的に見ればきわめて新しい発想・・・乱暴に言ってしまえば「つい最近に出来上がった、新しい常識」なのです。

人間は自然現象・・・なら変わるのが当たり前

ここで立ち止まって考えてみると、この常識は、自然のあり方とも、人間の実態とも、本来は噛み合っていません。自然とは、そもそも変わり続けるものです。一方で、変わらないことを本質とするのは「情報」です。記号やIDは、同一性を保つことで価値を持ちます。

よく勘違いされていますが「情報」は「変わるもの」ではなく「変わらないもの」のことです。例えばハンムラビ法典は、3800年前にメソポタミアで書かれた情報ですが、現在の私たちも、当時の人たちと同様のものとして読めるのです。

自然は変わるが、情報は変わらない。

ここがポイントです。

さて、このように考えてみると、本来は自然現象に過ぎない人間に、情報として名前が与えられ、人間は自然現象の帰結として変化していくのに、情報としての名前は変わらない、という奇妙なねじれが存在していることがわかります。

人間は情報で情報でできているわけではなく、川の流れのように分子の流れから成立している一種の自然現象であり、生成と変化のプロセスそのものです。

にもかかわらず、近代社会は人間を「変わらない情報」として扱うことを選びました。名前を固定することで、人を管理し、把握し、評価する。その結果、「人間も変わらない存在であるべきだ」という無言の圧力が生まれていきます。

元服や官職名が示していたのは、「人は変わる」という前提でした。名前が変わることで、本人も周囲も、「同じ肉体だが、同じ存在ではない」と了解する。これは、社会が個人の成長や変化を織り込んで設計されていたということでもあります。

現代社会では、人生のフェーズは確実に変わっているのに、名前だけが変わらない。その結果、自己更新の区切りが見えにくくなり、人は過去の役割や評価に引きずられ、「アイデンティティ」などという虚構に振り回されています。

しかし本来、自然が変わるのが当たり前であるならば、人間が変わるのも当たり前です。名前が変わらない社会のほうが、むしろ不自然なのかもしれません。時代劇の中で当たり前のように使われていた「役割としての名前」は、現代を生きる私たちに、「人は変わってよい」という感覚を思い出させてくれます。

名前を変える社会へ

先述したように、近代以前の日本社会では、名前とは「固定された自己」を示すものではなく、「いま、どの役割を生きているのか」を示す可変的な記号でした。

そして今、私たちは奇妙なかたちで、再びその感覚に近づきつつあるのかもしれません。というのも、現在の社会では、一つの組織、一つの共同体、一つのコンテキストの中だけで生きることのほうが、むしろ例外になってきているからです。

職場のコミュニティ、学びのコミュニティ、趣味や表現のコミュニティ、オンラインとオフラインが交錯する複数の場を、人は行き来するようになっています。そこでは必然的に

ペルソナを使い分ける

ことが求められます。

そのとき、「名前を使い分ける」という発想を、もう一度、意識してみてもよいのではないでしょうか。

一つの名前にすべてを背負わせると、その名前に紐づいた期待や評価、役割が、人格そのものを消耗させていきます。「この名前の私は、こうでなければならない」という無言の拘束が、人生を次第に窮屈なものにしてしまう。一方で、いくつかの名前、いくつかのペルソナを持つことで、人格が消耗する角度を、その都度変えることができます。

これはまた、難しい局面にある人、過去に汚点を背負ってしまった人にとって、人生を再出発するための希望を与えてくれる考え方でもあります。

このような考え方については「逃避ではないか」と思われる向きもあるかもしれませんが、私はむしろ「反脆弱性の獲得」と考えるべきだと思います。

もし、人生のあるコンテキストにおいて傷を負っても、別のコンテキストで息を吹き返すことができる。ある名前で行き詰まっても、別の名前で創造性を回復できる。そうした「分散された自己」は、変化の激しい時代において、きわめて合理的な生き方でもあります。

すでにその兆しは、私たちの身近なところにあります。たとえばピアニストの角野隼人さんは、クラシックの世界では本名で活動しながら、YouTubeの世界では「Cateen(カティン)」という別の名前で、自由度の高い表現を展開しています。そこでは、同じ音楽家でありながら、異なる文脈、異なる人格が立ち上がっています。名前を分けることで、所属するコミュニティ、接続される社会関係資本を分けているとも言えるでしょう。

これは特別な才能を持つ人だけの話ではありません。SNSのハンドルネーム、ペンネーム、プロジェクトネーム、副業名義・・・私たちはすでに、無意識のうちに「現代版の号」を使い始めています。違う名前で呼ばれるとき、人は違う振る舞いをし、違う価値を生み出す。その事実を、もっと自覚的に使ってもよいのだと思います。

自然は変わるのが当たり前であり、人間もまた自然現象です。変わらないのは情報であって、人間そのものではありません。にもかかわらず、一つの名前に一生を閉じ込めるという発想のほうが、むしろ不自然なのです。

これからの時代、「名前を使い分ける」というのは、自己を分裂させることではなく、自己を守り、更新し続けるための知恵になるのかもしれません。いくつかの名前、いくつかのペルソナを持ちながら、状況に応じて人格の角度を変えていく。その柔らかさこそが、不確実な時代を生きるための、新しいレジリエンスのかたちなのではないでしょうか。

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