青い鳥の、その前に──ずっと、人を見ていた
──「ヨシオ、あいつを徹底的にマークして仕事をさせるな。できるか?」
高2の春、
中国大会の決勝前日のミーティングだった。
監督が言った「あいつ」は、広島県工のT。
一学年上のエースで、当時の県内では誰も止められない、私にとっては、“やべえやつ”だった。
スピードがある。
テクニックもある。
何より ──
想像もしていなかった場所から、
突然現れてゴールを決めてくる。
まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかった。
でも、監督が私を指名した。
それだけで、何かが決まった気がした。

怖さはなかった。
むしろ、
「おもしれえこと言ってくれるじゃん」
と思った。
「よっしゃ、あいつとワシと、どっちが速えーか、試してやるけぇ ──」
そのくらいの気持ちだった。
こちらはガッツしか取り柄がなかったが、
足は速かった。
ジャンプも強かったし、読みとタイミングには自信があった。
試合が始まってすぐ、
最初のボールを受けようとしたTの前に、
一発目のスライディングをぶち込んだ。
読んでいた。
進路も、タイミングも。
泥のグラウンド。
スパイクの底が跳ねた音と、
相手の身体が浮くのが見えた。

そこから何度も、
私のスライディングが入った。
勝負、というより、狩りだった。
近づきすぎない。
離れすぎない。
あいつが「やりたいこと」をやる前に、
そこに立っている。
それを繰り返した。
あいつはだんだん前を向かなくなった。
苛立って、声を荒げるようになった。
そのたびに、私は距離を詰めていた。
離れなかった。
あいつの仕事は、結局なかった。
勝った。
優勝だった。
── インターハイ予選でも、同じカードになった。
またTとやる。
そう聞いたとき、もう身体が動いていた。
この試合は、県大会の決勝。
グラウンドは、芝生だった。
最初のボール、かました。
鉄則だった。
ファールでもいい。
最初に“いくぞ”と知らせる。
主導権は、こっちが握る。
そういう一発。
滑ったあと、芝の匂いがふっと立った。
あの感触は、今でも忘れていない。
前の試合よりも、確信があった。
この役割は、自分に向いている。
これは、俺の仕事なんだ ──
試合が終わったあと、ベンチで水を飲みながら、そう思った。
── でも、3度目は違った。
高校選手権予選、またも決勝でTと対峙。
試合が始まって、最初に思ったのは「あれ?」だった。
熱くならない。
無理して前を向かない。
味方に預ける。
淡々と、自分を出してこない。
何かが違っていた。
その変化に、対応できなかった。

距離が、合わない。
いつもなら一歩で届くはずの間合いが、半歩ずれる。
先に動いたつもりが、空を切る。
追えば、預けられる。
引けば、前を向かれる。
触れているのに、止められていない。
そのまま、試合はPK戦へ。
私が1人目のキッカーだった。
なぜ自分?とは思ったけれど、蹴るしかなかった。
助走。
踏み込んで、蹴った瞬間 ──
キーパーの足に弾かれる音が、耳に残った。
ゴールじゃなかった。
負けた。
その夜、Tの変化だけが、
ずっと頭に残っていた。
あいつは、私を見て、変えてきたんだ。

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