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映画「ストリート・キングダム」

いきなり1980年、ザ・スターリンの富山大学学園祭のギグで、現在放映中の大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主役の仲野太賀が、ステージで豚の頭を掲げて、裸になって客にオシッコを浴びせています😂
そして「愛だ!」と開き直るのです。
映画中のバンド名は、この映画のオープニングで演奏されている、ザ・スターリンの名曲「解剖室」です。
 
1981年、法政大学学生会館で、私は初めてザ・スターリンのギグを体験しました。
私は2階席で観ていたのですが、遠藤ミチロウさんが投げた、豚か牛の内蔵だか鶏の肉が、私めがけて飛んできて、首を曲げて避け、気がつけば最後には、客席でもんどりうって転がっていた遠藤ミチロウさんに抱きついた私でしたので、懐かしいこと懐かしいこと。
 
ギター初心者だった私が、その日から2年目にザ・スターリンの前座をやらせていただいたこと、今頃になって「思考が現実化したのか……」と感慨に浸っているのは余談です。
 
私が初めて新宿ロフトに行ったのは1980年。
「東京ロッカーズ」ムーブメントの1978年と1979年には、まだ楽器をやるどころか、ロックの沼に飲み込まれるなんて、夢にも思ってなかったわけでして、はい。
 
大学4年生の春、バンドでツアーに行った京大西部講堂でS-KENさんと2人きりでお話をしたのは1983年。
浅草の神谷バーで、大学の先輩・後輩たちとS-KENさんを囲んで、電気ブランとか6種類の酒をチャンポンした私が、帰りに死にかけたのは1984年のこと。

だから私は「ポスト・東京ロッカーズ」の人なのです。
 
そんなことで、リザードもその前身の紅蜥蜴は聴いていませんでしたし、この映画を観て初めて1978年と1979年の「東京ロッカーズ」の内実を知ったのは貴重な体験でした。生きてて良かったです。
 
1980年秋、國學院大學の大学祭で、Panta & Halのライブを観に行って帰りがけに、私は「モモヨ救済」のチラシを受け取りました。
リザードのモモヨが麻薬取締法違反で逮捕され、その救済キャンペーンだったのです。
私にチラシを渡してくれた、いかにも暗そうな女性が、ゼルダのベーシストの小嶋さちほだったことを、後日になって知りました。
この映画で演じていたのは、吉岡里帆です。

劇場に行くまでは、ノスタルジーには浸るまいと思っていた私でしたが、改めて観ると、今まで忘れていた多くのことを思い出しました。

    拍手はいらない
    手拍子なんてもってのほか
    それがCool

ギターのハイコード一つ覚えれば、
即席でパンクロッカーになれる

これがパンク、しかもロンドンではなく、ニューヨーク寄りながら、東京のパンクだったんだと。
不覚にも(?)涙が出そうになったシーンもありましたが、どのシーンかは内緒です。。
 
おそらく、私が今まで生きてきた中で、最高の映画なんてすけど、ここまででいいてす。
例えばこれから、ザ・ブルーハーツとかの映画が創られても、私、観る気はございません。
それが固有の世代の個人の体験に根ざした価値観なのです。
 
1980年以降の「ポスト・東京ロッカーズ」しか知らない私ですが、現実にはネガティブな面も結構ありましたよ。

バンド同士は、滅茶苦茶仲が悪くて、他のバンドの陰口で盛り上がる。
それが「表現者」の在り方だとさえ、私は思ってたぐらいです。

峯田和伸演じる、主役の地引雄一さんのインディペンデントレーベル「テレグラフ」から、1982年にリリースされた、オートモッドのシングル「LAST PUNK HERO」の歌詞は、リザードのモモヨへの批判でした。根底には愛も感じましたが、「LAST PUNK HERO」とは、モモヨのことでした。

地引雄一氏のテレグラフから、1982年にリリース。

中村獅童が演じた、江戸アケミさんの財団法人じゃがたら。そのじゃがたらの名曲「Hey Say」は、渋谷陽一を「業界の太鼓持ち」と貶した歌でした。

この映画では、リスペクトを込めて、とても好意的に描かれていましたが、ザ・スターリンは、超メジャー志向でした。
スキャンダラスなステージを行うことで、週刊誌から取材されることを狙って、地上波のモーニングショーにまで出演した「逆スキャンダリズム戦略」。

その戦略が奏功し、1982年に徳間ジャパンからデビューしました。
そして曲中では、INU(町田町蔵)とか他のバンドをパロっていましたし、東京ロッカーズ界隈のミュージシャン達からは、憎しみの的でした。 

それから80年代も中盤となり、雑誌『宝島』の「キャプテンレコード」、有頂天のケラ主宰の「ナゴムレコード」になると、ほぼ完全に「メジャー予備軍」。その先鞭をつけたのは、ザ・スターリンの遠藤ミチロウさんだったわけです。 

この映画を観た私は、今まで忘れていた大切な記憶の整理ができました。 
東京ロッカーズとポスト・東京ロッカーズのミュージシャンはしめ当事者にとって、パンクとは「芸能」てはなく「芸術」だったということです。

遠藤ミチロウさんは、ザ・スターリンは「芸能」と割り切ってメジャー志向の理論武装していましたた。
一般書籍での吉本隆明や糸井重里との対談だけでなく、主宰していたミニコミ誌で持論を展開していました。

「芸能」と「芸術」の違いとは何でしょうか?

「芸能」は演者だけでなく、客がいないと成立しません。開放系です。
コンサートでは、まるで宗教かファシズムのような秩序に従い、皆が同じようなノリで熱狂します。

「芸術」は必ずしも客を必要とはしません。閉鎖系です。
ギグでは、一人一人が自分だけのリズムとノリで堪能しました。
だから、客を突き放すような東京ロッカーズのミュージシャン達はカッコ良かったのです。

「自分はメジャーにもマイナーにも居場所はない」

若葉竜也が演じるモモ(リザードのモモヨ)が呟いたこのひとことこそ、彼らが芸能人ではなく、芸術家だったことの証左であると私は確信しています。

そりゃ、「芸術」は息詰まります。
お金で動くのが世界だからです。
「芸能」のほうも、厳しいですよね。

遠藤ミチロウさんだって、「Burst Head」の中でこう歌っていました。

 ♪死ぬまで踊り続けていくには名前がほしい

このフレーズも、吉野大作&プロスティテュートのアルバム「死ぬまで踊り続けて」のパロディでもあありました。

それにしても「招き猫カゲキ団」、何十年ぶりに思い出したました(笑)
あれもテレグラフだったんですね!
  
エンドロールで大森南朋の名前を観て、どの役だった? と。
パンフレットを買ってから、S-KENさんを演じてたのを知ったのでした(笑)
 
もう1回、観てもいいかな? 機会、つまり縁があればですが。

小説も書いてます。ご興味のある方は、覗いてみてください。

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