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「役に立たない時間」が、あなたを突き抜けさせる

意味があるかどうか、効率がいいかどうか、そればかりを気にしているうちに、自分の輪郭が少しずつぼやけていく──。
けれど、人生を本当に突き抜けさせてくれるのは、「何の役に立つか分からないけど、どうしても好きなこと」。
タイパやコスパを一度脇に置いて、“ムダに夢中になった時間”を見つめ直してみませんか。

「役に立たない時間」が、人生を突き抜けさせる

タイパとコスパ、それが“効率の罠”になるとき

「これって、意味あるんですか?」

誰かにそう問われたとき、答えに詰まってしまうようなことに、夢中になっていたことはありますか?

最近、タイパ(タイムパフォーマンス)やコスパ(コストパフォーマンス)といった言葉が、当たり前のように日常の中で使われるようになりました。時間もお金も有限だから、無駄なく使いたい。なるべく効率よく、短い時間で成果を出したい。その気持ちはとてもよくわかります。

でも不思議なのは、そういう“効率の鬼”のような人たちが、意外とパッとしないことです。能力はありそうなのに、なぜか印象に残らない。評価もいまひとつ伸び悩んでいる。そう感じたことがある方は、きっと少なくないはずです。

もしかするとそれは、「効率」や「成果」が先に立ちすぎて、自分自身の感情や好奇心が置き去りにされているからなのかもしれません。


意味があるか分からないけれど、なぜか惹かれるもの

ある本の中で、ひとりのクリエイターが、こんなことを語っていました。

若い頃、彼はひたすら“気になるもの”を集め続けていたといいます。それは、段ボール箱に書かれたラベルの字体だったり、海外のCM映像だったり、古い漫画雑誌だったり、要するに「誰の役に立つのか分からないようなもの」ばかり。

でも、それをずっと手元に置いて見つめていると、ある共通点に気づくことがあったそうです。

──情報が、きれいに整理されている。

それは彼自身が「心を動かされた理由」そのものだったのです。

彼は、その“構造”をヒントにして作品をつくりはじめました。最初は誰にも理解されないかもしれない、でも自分が良いと思えるものを形にした。それがある日、評価され、作品が世に出ていきました。

大きな転機は、いつだって「意味があるか分からないけど、なぜか好きなこと」の中にある。

そう言われて、少しドキッとしませんか?


平均点を目指す人生は、なぜ埋もれてしまうのか

コスパとタイパを追いかける人の多くは、最短距離で結果を出そうとします。

「これをやれば成果が出る」
「このやり方が成功の近道」

世の中に出回る“成功の方程式”は、たしかに平均点を引き上げてくれるかもしれません。偏差値50を55にすることはできる。けれど、それだけでは「突き抜けた存在」にはなれないのです。

それは、料理で例えると分かりやすいかもしれません。

仮に、和食も洋食も中華もイタリアンも、どれも“そこそこ美味しい80点”でつくれるシェフがいたとします。聞こえはよさそうですが、実際に行ってみたいお店はどこかと聞かれたら、おそらく“寿司が100点のお店”や“本格的なイタリアンの名店”を選ぶのではないでしょうか。

すべて80点の店は、どこか印象に残らない。結果として、誰からも選ばれにくくなる。これが、「器用貧乏」の構造です。

タイパやコスパは、“安全に80点を目指す道”なのです。


「役に立たない」は、世界をカラフルにする魔法

“役に立つこと”だけを目指すと、そこには明確な評価軸があります。効率、速さ、コスト、成果……測れるものばかりです。だからこそ、勝者が総取りになりやすい。1番以外は淘汰され、残りません。

でも、世の中には評価軸が存在しないものもたくさんあります。

たとえば、お酒の世界。
バーの棚には、スコッチ、バーボン、日本のウイスキー、地元の蒸留所の限定品まで、さまざまなお酒が並んでいます。そこには「一番」なんてありません。

「これが一番役に立つ酒です」とは、誰も言わない。

むしろ、味の好みや、思い出、土地の文化、そういった“測れないもの”の積み重ねが、そのお酒の価値をつくっている。

役に立たないからこそ、選択肢が増え、多様性が生まれる。そして、それが豊かさになる。


それでも、「役に立たない」を信じてきた人たち

多くの優れたクリエイターや研究者に共通しているのは、20代30代のうちに“何の役に立つのか分からないこと”に全力を注いでいたという点です。

誰も評価してくれないかもしれない。でも、どうしても気になる。だから調べてみる。集めてみる。かたちにしてみる。

そうした時間が、後に大きな仕事の“土台”になっていく。

彼らは“効率的に”ではなく、“好奇心に従って”動いてきた。そして、その無駄の中に、自分だけのルートを見つけていったのです。


万博で出会った“意味のなさ”が、未来を感じさせた

少し前に、ある万博のパビリオンを訪れる機会がありました。最先端の技術が展示されているのですが、どれも「今すぐ役に立つ」というわけではありません。

どちらかといえば、「これは一体、何に使うのだろう?」というようなものばかり。

けれど、不思議なことに、それがものすごく面白い。どうしても忘れられない。そういう体験でした。

「役に立つこと」は、すでに評価軸がある世界です。冷蔵庫や掃除機のように、性能や値段で優劣がすぐにつく。だから“上位1〜2社”が市場を独占していきます。

でも、“意味のないこと”には、そもそも比べるものさしがありません。だからこそ、無数の選択肢が共存できるし、そこにしかない価値が育っていく。

そして、その“無意味”の積み重ねが、ある日、思いもよらないかたちで未来につながる。


「コスパよく生きる」より、「ムダに熱中した過去」が人生を救う

思い返してみると、自分が何かを深く考えたり、進路を決めたり、行動に踏み出せたときというのは、「タイパがいいから」ではありませんでした。

意味があるか分からない。でも、なぜか心が動く。誰にも評価されない。でも、やってみたい。

そういう衝動を信じてきたからこそ、ここまで来られたのだと思います。


おわりに

今の社会は、「役に立つこと」を求めすぎて、少し息苦しくなっているのかもしれません。でも、本当に自分を突き抜けさせてくれるのは、“役に立たないこと”に没頭できた時間だったりします。

誰にも理解されなかった時間。
誰にも評価されなかった工夫。
なんとなく気になって手に取った紙切れ。
理由もなく惹かれたあの風景。

そんな“無駄”が、いつか大きな糸を引く日がくる。

もし今、「これって意味あるのかな?」と迷っていることがあるのなら、ぜひ続けてみてください。

コスパもタイパも大事だけれど、
人生を動かすのは、もっと“とんでもないムダ”なのかもしれません。

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