ショパンに振られ、Sunoに詰み、歌詞に詰む夜 ショートショート風エッセイ
私はピアノ歴がある。
自己紹介にも書いているけれど、
幻想即興曲で挫折して、ショパンに振られた。
あの曲の途中に、静かなところがある。
激しく流れていた音が、ふっとほどける場所だ。
そこまで弾いて、私は止まった。
指が動かないわけではない。
譜面も読める。
でも突然、頭が真っ白になる。
次の音がどこにあるのか、わからなくなる。
そこでやめた。
ああ、ショパンに振られたのだと、思った。
それからずいぶん時間が経って、
今は SunoというAIで曲を作っている。
コード進行を考える。
ここで転調する。
リズムは八分音符か、十六分音符か。
そんなことを考えながら、
とてつもないプロンプトを設計する。
何百曲も作る。
でも、今回の曲は全然うまくいかない。
ボーカルだけ抽出してみる。
インストを先に作ってみる。
あとからドッキングしてみる。
するとどうなるか。
音がぶつかる。
どうやってもぶつかる。
そしてボーカルを抽出してインストと合わせると、
音質が悪くなる。
最近のSunoは、できることが増えた。
音域を動かしたり、
ゲインを調整したり、
ミックスのバランスをいじったり。
一見すると、
DAWのようなこともできる。
でも触っていると、すぐに気づく。
挙動が違う。
DAWなら、
ピアノを削ればピアノだけが変わる。
でもSunoは違う。
どこかを動かすと、
別のどこかも変わる。
整えているはずなのに、
なぜか全体の形が崩れていく。
いじればいじるほど、
おかしくなってくる。
そこでふと思う。
結局、
DAWを使うほうがいいのではないか。
DAWなら全部できる。
音を削る。
ゲインを調整する。
帯域を整理する。
理論通りに作れる。
でも同時に、もう一つわかっている。
もしDAWを触り始めたら、
私はきっと一日中パソコンの前にいる。
仕事にも行かず、
ずっと音をいじり続ける。
だから私は、そこには踏み込まない。
そのかわり、
Sunoでまた詰む。
そもそも私の書く詩は、
音楽向きではない。
長い。
文学的。
意味も飛ぶ。
しかもAIの手は借りていない。
完全に自分の頭の中から出てきた言葉だ。
だから不完全で、
正直、よくわからない詩でもある。
それを今度は歌詞にしようとする。
モーラ数を考える。
リズムに合わせる。
音符の中に言葉を入れる。
すると今度は
詩が壊れる。
ここでまた詰む。
ショパンに振られ、
Sunoに詰み、
歌詞に詰む。
私は
詰んでばかりである。
最近、
YouTubeで優里の「かごめ」のアコースティックバージョンを見て泣いた。
AIの歌はとても上手だ。
完璧に歌う。
音程も外さない。
でも人間は違う。
揺れる。
外れる。
ぶれる。
ためる。
息づかいも、生々しい。
自暴自棄に見える歌なのに、
最後には
「泥水の中で自分らしく生きてやろう」
と歌っている。
それが妙にかっこよくて、
歌詞のそうだけど
やっぱり人間の感情のすごさに見てるだけで圧倒された。
音楽で久しぶりに心が跳ねた。
それでも私は、毎晩毎晩、
わけのわからない歌詞を書く。
ショパンに振られても、
Sunoに詰んでも、
歌詞に詰んでも。
それでも、まだ書くのである。
ちなみに今、作っている曲のタイトルは
「北のない地図」
である。
まさに今の状況のようだ…
そしてその後ようやくできた。でも音質には満足していない。これが限界なのだとおもっている。
それはそれでいい。
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