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姪は私にとってのどこでもドア

このところ何日かまとまった休みになると、姪と一緒にいることが多い。
姪は8歳。
自分が8歳の頃なんて遠い昔過ぎて、どんな子供だったのかも思い出せない。
その上、私には子供がいないので子育ての経験もなく、正直なところ、この小さなモンスターをどう扱っていいものなのか、初めは戸惑っていた。

彼女は次女だからなのか、末っ子というポジションであるからなのか、それとも性格なのか、とにかく自由である。
自分はこう思うと主張し、自分の思い通りにならなければ我慢ということをすることもなく泣いた。

何度か姪と一緒に時間を過ごすうちに、結局、一人の人間として決して子供扱いすることなく対等に向き合うのがいいのではないかという結論に至る。
理屈が通らない時ははっきりとNOといい、それで彼女が泣いてもそれに屈することもない。
逆に彼女から、大人のずるさを指摘されるようなことがあれば、素直に謝るしかなかった。

向き合い方がわかれば特に難しいこともない。
少々、噛み砕いて説明をする必要もあったり、8歳には難解な言葉を使わないという気遣いはするけれど、あとは対等な気持ちで向き合うだけだ。


この連休も2日ほど一緒にいて、一緒に遊び、色々な話をした。

そんな中で、彼女の好きな歌を教えてもらった。
それはアニメの中でキャラクターが歌っている歌だという。
聞かせたいからYoutubeで探してほしいと言われ、言われるがままに検索をする。

「これこれ」と彼女は嬉しそうに動画を再生する。
そこから流れてきた歌は私が子供の頃に聞いていた歌とは次元の違うもののような気がした。

これは子供が聴くものなの?
そんな疑問さえも浮かぶ。
その歌の中には、大人とか子供とか、どれだけの時間を生きてきているのかということに関係なく届くメッセージがあった。

他にも彼女が最近気に入っている歌を何曲か教えてもらい、一緒に聴いた。
その間、私は自分が見たい世界、考えていた世界を頭に描いていた。
そう、最近ずっと考えていることに対してそれらの歌から多くのヒントをもらったのだ。


姪が父親である私に兄に
「ねぇ、パパ。今度ドラえもん買って」と不意に言った。

「ちょっと待って、ドラえもんなんていくらなんでも売ってないでしょ」
と私が慌てて言う。
姪は笑いながら
「何言ってるの? ドラえもんのおもちゃだよ。でも、どこでもドアとか言ってどこでもドアをポケットから出してくれるんだよ。すごいでしょ」

そんなすごいおもちゃあるのかと疑問に思いつつも
「おばちゃんもどこでもドアは欲しいね」と答える。

私は姪の無邪気な顔をみながら、姪と一緒にいる時間の幸福感を味わっていた。
そして、「欲しい」と答えたどこでもドアはもう私のそばにあるな、と思った。

姪は私を私がいつも見ているのとは違う『別の場所』へ連れていく。
彼女は私にとってのどこでもドアのような存在だということに気づく。

ドラえもんのどこでもドアは望んだ場所に連れて行ってくれるけれど、姪は決して私の思った通りの場所へ連れて行ってくれるわけではないだろう。
でも、それでもいいなと思う。
きっと、思わぬ新しい世界へ連れて行ってくれるに違いないから。
それを楽しみに、姪との関係を続けていきたいと思った。







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