火入れとは、何を主役にするかの選択である


牛肉ひとつとっても、低温調理でじっくり火を入れる人がいれば、炭火で高温から一気に焼く人もいる。同じ「牛肉を焼く」という行為なのに、そこに透けて見える哲学はまったく違う。

しかも牛、豚、鶏、魚、野菜——さらに鹿、猪、兎、鳩、熊、馬と広げていけば、脂の融点も、繊維の質も、部位ごとにまるで違う。牛脂はおよそ40〜50℃前後で溶けるが、豚脂はそれより低く、鶏の脂はさらに滑らかに溶ける。ジビエになるとさらに個体差が大きく、猪の脂は柔らかく甘みがあるのに対し、鹿肉は赤身主体で脂が少なく、火を入れすぎるとすぐパサつく。魚は筋繊維が短くて壊れやすいから「加熱イコール劣化」との戦いになりやすいし、野菜は脂の話とは別に、繊維とデンプン・糖の変化が主役になる。

素材の数だけ正解があるように見えるこの世界で、実は焼き方の違いは、たった一つの問いに集約されるのではないかと思う。

その料理人は、素材の中の何を主役にしたいのか。

脂を主役にするか、赤身を主役にするか

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