『心配事の9割は起こらない』 読書共有【第38弾】
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はじめに
今回は枡野俊明『心配事の9割は起こらない』(三笠書房、2013年)からの共有です。
とても有名な本なのでご存知の方も多いかも知れませんが、出版されて10年以上経った今でも様々なところでタイトルを耳にする名著です。内容は禅仏教に基づいた思考の数々で構成されていて、日常でも役立つとても面白いものになっています。
タイトルの通り、「心配事のほとんどは実際には起こらない」という考え方を主軸に、多くの不安や心配事を抱える悩める現代人に向けて「心配しすぎない」ための禅の教えが解説されており、日常の不安や心配事、悩み事を減らすためのヒントが詰まっています。
本書は全体が48の短い節で構成されているので、気になるところから読み進めていくスタイルもおすすめです。また、読書共有【第24弾】を面白いと感じてくださった方々にも、是非本書をお読みいただければと思います。
本書の主なポイント
◇私たちは過剰に心配する傾向がある
心配事の9割は現実には起こらない。実際に起こる心配事はほんの一部で、その多くは自分の思考が作り出している。執着や比較から生まれる「妄想」が心を乱す原因であり、それを減らすことで心が軽くなる。
◇「いま、ここ」に集中する大切さ
くよくよと過去に悩みすぎず、また起きてもいない未来のことを考えすぎず、「いま」「この瞬間」を大切に生きることが大切。過去や未来に囚われず、現在に意識を向けることで余計な不安や悩みを手放せる。
◇シンプルに生きる
物事を複雑に考えず、シンプルに受け止めることで心配や不安が和らぐ。「人は人、私は私」と考えて他人との比較をやめ、人間関係においては良い縁を結んで悪い縁を手放すことで心が穏やかになる。
◇禅の教えの具体的な実践法
整理整頓、姿勢や呼吸を整える、自然に親しむ等々、日常で心を整えるシンプルな実践法が満載。
本書は各テーマに沿って短いエッセイがまとめられたような構成となっており、今回はその中で幾つかテーマを拾って共有していきたいと思います。
①断捨離の判定基準は「思い」
世間でもよく聞く「断捨離」。これは「不要な物を断つ、捨てる、物から離れる(執着しない)」ことを一言で表現したものだと言えますが、著者によると「断捨離」の基準は「思い」であるとのことです。
つまり、「それを手にすると、思い出が巡ってきて胸が熱くなる、いただいた人の心が感じられて嬉しくなる、ホッとした気持ちになれる、元気が湧いてくる……。」と感じるものは残しておくという判断基準です。
この場合、「断捨離」判定にかけられ残された「物」は、「単なる「物」ということを超えて、あなたの人生に寄り添っている」と実感できる物に他なりません。
私はこの考えを、自分が実施している手紙習慣に当てはめてみることが多いです。特に日々のメッセージカードがそうです。メッセージカードを捨てずに溜めていて下さるお客様も多く、中には数百枚に至っている方々もいるようです。
なお、禅語には「把手共行」(はしゅきょうこう)という言葉があるそうですが、これも「断捨離」判定においては重要な観点だと思われ、次のように説明されています。
「心から信じることのできる人(あるいは、本来の自己=仏様)と手を取り合って人生を歩んでいきなさい、という意味ですが、いつでも「思い出」と出合うことができる物も、その任を十分に担ってくれます」
私の手紙習慣が「いつでも「思い出」と出合うことができる物」を提供できているかどうかはわかりませんが、少なくともその実践を通してお客様への思いを伝えられたらと願っています。
②「あたりまえ」を見直す
いま、ここにある幸せに気づくことも、立派な「あたりまえ」を見直す実践だと言えます。「人はあたりまえのことほど、それに対する感謝の心を忘れがちではないか」と著者は言いますが、この「あたりまえ」を見直すことで、色々な幸せに気づくことができるようになると思われます。
例えば読書共有【第9弾】では、「現在」を「かけがえのないプレゼント」として感謝することから始めてみてもいいかも知れない、ということを提起しました。どんな状況であれ自らの「現在」に感謝すれば、自ずとそれが「かけがえのないプレゼント」として実感されてき、充実感や幸福感が得られるということです(下記リンク参照)。
無論、大切な人からいただいたプレゼントも私たちの人生にとって重要であろうと思います。しかし、最終的に私たちに充実感や幸福感をプレゼントするのは、ほかならぬ私たち自身であるということは大切な気づきであるように思います。そうした主体的な気づきがあればこそ、他者からのプレゼントも素直な形で大切に受け取れるようになるのでしょう。
③「一日一止」(いちにちいっし)
「止まる」の上に「一」を乗せると、「正しい」という字になります。つまり、「一日に一回、止まって自分を省みることは「正しい」ことだというわけです」。「あたりまえ」を見直すことも含めて、様々なことを考える時間を作ってみるのも有意義でしょう。
私自身は頭も体も一日中よく使う生活を長らく続けていますが、そんな多動的な生き方であるからこそ、「一日一止」の考えと実践が特に大切だと感じています。具体的には仕事帰り兼ウォーキング中、就寝前、トレーニングのレスト中、読書の合間、note記事の作成時などが挙げられます。
特にnoteを始めてからは、貴重な「一日一止」を定期的に設けられるようになったと感じています。
④「置かれた場所で輝く」
仕事をしている人なら一度は考えるであろう問い、つまり「どんな仕事なら本気で取り組めるのか、どう生きたら自分が輝いて楽しいと感じることができるのか―?」。この問いに対して、著者は次のような回答を与えています。
「たしかなことは、ひとつしかありません。本気で取り組める仕事がどこかからもたらされるわけではない、ということです。待っていれば楽しい人生といつか出合えるわけではありません」
「そう、「いま」就いている仕事に“本気”になるしかない。生きている「いま」を楽しむしかないのです」
ここで考えるヒントとなるのが「大地黄金」という禅語で、次のように説明されています。
「たとえそこがどこであれ、いまいるところ、自分が置かれている場所で、精いっぱい尽くす。すると、その場所が黄金のように輝いてくると、この禅語は説いています」
過去にも書きましたが、恥ずかしながら私も一時は環境のせいにし、成績が伸びず悩んでいた時期もありました。東京など大都市に行けば必ず成功するという根拠のない過信をしていた時期もありました。
ただ今は、どれだけシビアであっても「自分が置かれている場所」で成功することに意味があると思っていますし、その場所を避けての成功などはあり得ないとさえ思っています。著者も次のように述べています。
「光り輝く黄金の大地があるのではありません。そこにいるあなたが大地を黄金にするのです。自分には合っていないように感じても、やりたいことと違っていても、「いま」「そこ」で就いている仕事が「あなたの仕事」なのです」。
「いましかない、ここしかない、と腹を据えたら、仕事に本気になるための、生きていることを楽しむための「工夫」というものが生まれてきます」。
どんな環境でも、「いま、ここ」への集中によって自分なりの工夫をしていくことが大切だと思います。その環境がシビアであればあるほど、それに打ち勝った後の成長は大きくなります。それは働き方においても生き方においても言えることでしょう。
私の今の立ち位置は、過去の暗黒時代を生き残ることなしにはあり得なかったものです。そうした暗黒時代を真正面から経験し切ることで、将来の「大地黄金」という光り輝く地盤が整えられていたと思われます。
今でも日々悩みながらより良い仕事のやり方を模索中ですが、ここからまた一歩先に進んだサービス提供ができるよう、絶えず研鑽を積んでいく所存です。
おわりに
今回も最後までお読みいただきまして誠にありがとうございます。
日々少しずつ閲覧数やリアクション数、フォロワー数も増えてきて嬉しい限りです。今後も最低週1回の更新を目指して頑張ってまいります。
あえて本の要約といったことはメインとせず、私なりの観点から面白いと思った箇所の共有という限定的な内容にしております。それが少しでも皆様の記憶に残り、日々の読書体験の深まりや具体的な行動・実践に繋がるのであれば幸いでございます。
それでは今後とも宜しくお願い申し上げます。
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