【信用経済】 ありがとう貯金
「”信用”が”お金”になる」
堀江貴文さんや西野亮廣さん含め、多くのビジネス系インフルエンサーが呪文のように唱えている言葉だ。
お金持ちになることは意味が無い。
お金はただの紙切れ。
貯金が趣味って人、札束(通帳)を眺めて何が楽しいの?
それよりも集めたお金を別な事業に投資して楽しいことをしていこう!
お金を使うことでさらに信用が集まり、もっと大きなお金を手に入れることができる!
「お金=信用である」…って誰が言い始めたんだろうか?
元ネタは分からないけど、俺は”堀江本”でそういう概念を初めて知った。
要は【信用】があれば、手元にお金が無くても銀行やら友人やらが貸してくれるから「お金持ち」より「信用持ち」になろうよ…ということ。
そう言われてみればそうなるかも。
「この人ならしっかり返してくれそう」「貸したお金を元手にして成功できそう」という信用さえあれば、自分に種銭が無くても借りて勝負出来るし、生きていける。
いつ頃からか忘れたけど…少なくても2009年頃には、俺はこの【信用】のことを
ありがとう貯金
と言っていた。
A先輩が仕事をくれた…
「ありがとうございます!」
A先輩がご飯をおごってくれた…
「ありがとうございます!」
この【ありがとう貯金】が貯まることで、みんなで飲食店へ行った時に率先して配膳をやったり、仲間の誕生会を開くお店のリサーチ&予約を引き受けたりなどの”下働き”をこなす…という恩返しをするわけだ。
で、確か2009年の12月だったっけなぁ…。
仲間でご飯へ行く時に「なんとなくお金を多く出す」レベルのB先輩がいて。
先輩と言っても同い年のフリーランス放送作家で、むしろ業界歴は俺の方が長い。
ただ、名前が先にクレジットされるし、ご飯を奢ってくれている雰囲気の人だったから”先輩”だと思って立てていたくらいの人。
その人に理不尽なリサーチを振られたか何かでブチ切れたことがあった。
「なんで@@さんにそんなこと言われないといけないんですか!? 俺、@@さんに1個も仕事振ってもらったことないんですが!」
俺口座から【下働き残高】を散々引き出しているのに、「ありがとう」と思えるようなモノ(コト)を全然補填してくれないことで堪忍袋の緒が切れたわけだ。
今思えば若かった(笑)。
よく「ギブ・アンド・テイク」とは言うけど、その比率は1対1じゃない。
実際、テイクしてもらいたかったらギブ&ギブ&ギブ…と100ギブぐらいし続けて、ようやく1テイクもらえるようなバランスだ。
自分は他人に【ありがとう貯金】をしているか?
その残高はどれぐらいありそうか?
いざ困った時に助けてくれるのが【信用】なので、コツコツと”ギブ”し続けることが大切だな…といい大人の年齢になってから気付いたわけで。
そういえば、以前に「放送作家なりたての頃は借金まみれだった」という内容のnoteを書いた。
それとは別で…10年ほど前、約9ヶ月間、仕事が【ゼロ】になった時があった。
「職業…自称放送作家で本当は無職」の状態。
収入は無いのに、家賃やら食費やら光熱費やら通信費やらでお金がどんどん出ていき、通帳からみるみるお金が無くなっていった。
そしていよいよヤバいってなった時、A先輩に頭を下げて生活費を15万円借りることが出来、さらにギリギリのところで運良く仕事をGET!
なんとか難局を乗り切ることが出来た…ということがあった。
あの時、俺にまだ【信用】が残っていたから、先輩が貸してもいいか…と思ってくれたわけで。
今になって思い返せば「これが【信用経済】か」ということに。
A先輩とは「ギブ・アンド・テイク」のバランスがうまく取れていたんだな。
信用は積み上げるのには時間がかかるが、崩れるのは一瞬…。
そして崩れたら再び同じ高さまで積み上げるのに倍以上の手間と労力がかかる。
なるべく、いろんな人にギブを続けて、人としての【信用】を積み重ねていきたいと思う、今日この頃。
そして、いろんな意味で老後に助けて欲しいw
