【メモ】を取る
起業家・前田裕二さんが『メモの魔力』という書籍を2018年に出版しベストセラーになった。
自分は読んでいないが、おそらくは…
「メモを書く事で”点”を打って、それらを見返し点と点を結びつけて”線”にしアイデアを生み出す発想法」
「思考は現実化する」
的な内容だと思っている。
大概の【ビジネス系のメモ活用本】はそうだから。
個人的に「メモ」ということで思い出すのはレオナルド・ダ・ヴィンチだ。
彼もかなりのメモ魔で、Codex(手稿)と呼ばれるノートやスケッチをいくつも残している。
以前、この【ダ・ヴィンチのメモ】を研究している裾分一弘さんにインタビューしたことがあったが、その方によるとノートの端っこの方に「今日は弟子に@円盗まれた」的なことまで記してあったという(笑)。
その話を聞いて「科学や絵画の他に愚痴まで…ダ・ビンチは【元祖・メモ魔】なんだな」と思った。
そして…時を経た現代において人々の「記録」というのはデジタルが主流になっている。
ブログ、note、ツイッター、Instagram、Facebook…他多数。
様々なプラットフォームで、テキストなり写真なり動画なりを用いて誰もが「記録」を残すことが可能だ。
自分もこうしてnoteやツイッターなどで粛々と記録を残しているが、これとは別に紙のメモ帳を持って日々の記録をつけている。
もともとアナログの手帳(ほぼ日手帳)はずっと使っていて、メインのスケジュール(仕事・私事)はそちらに書き込み、Googleカレンダーをアラーム(気付き用)として使用していたが、2010年…無職だった頃にビジネス本を図書館で読み漁っていた中で『情報は1冊のノートにまとめなさい』という書籍と出会い、手帳とは別に感情の起伏などを記す別な手帳を持つことに決めたのだ。
この本を参考にし、持ち歩くようになったKOKUYOのB6ノートには、手書きのメモを含め訪れた飲食店の名刺、美味しかったお土産の箱の中に入っているカード、Suicaの記録、使い切ったポイントカードまで…生活する上で生じる様々な「LOG」を閉じ込めている。

なぜ、わざわざデジタルではなくアナログな手書きのノートにも記しているのかと言うと、以前に書いたnote(紙の書籍 vs 電子書籍)にも関係する。
電子媒体はプラットフォームが消えた瞬間、もしくはアカウントが削除された瞬間に、それまで積み上げてきたものが全て消え去ってしまう。
【ゼロ】だ。
故・飯島愛さんのブログだってそう…。
これは飯島愛さんの死後、7年間も管理した両親が閉鎖を決めたものだった。
こうして、生前に飯島愛さんの積み重ねた【生きた記録】はブログの”削除”によって、みんなの心の中には残ってもデータとしては後世には何も残らない状態に。
何か……「寂しい」と思った。
俺もnote、ツイッター、さらには15年間ほぼ毎日更新している『mixi』の日記など…デジタルデータの遺産は数多くあるけど、自分が死んだら何も無かったことになってしまいそうで怖くなったのだ。
でも、手書きのメモ帳なら…何か手元に残しておいてくれそうに感じているから、あえて「物質体」でも書き残すことに決めたわけで。
こうしたくだらない雑記やメモとは全然比較にならないが、日本でも古来から枕草子や清少納言といった人物が古典文学を紙で残していたり、戦国大名の花押の入った書状や坂本龍馬ら幕末志士の手紙まで…歴史上様々な記録(メモ)の物質体が各地で見つかっている。
数百年〜数千年経った現在も「記録」としての残されていることがスゴイと思うんだよね…”紙”って。
だから、俺の弟の子供の…さらに子供たちが「こんな人が過去の一族にいたんだね」と思ってくれるような…そんなヘンテコな記録を”紙”で残していきたいと思った。
また、将来、太陽フレアから発せられた予期せぬ強力な磁気嵐(電磁波)により、地球上の磁気を使った記録媒体が機能しなくなる…なんて可能性も【ゼロ】ではない。
そうなった時、地球上で最後まで残る記録媒体は「石版」だ…という笑い話もある。
(天空の城ラピュタでも石版は無事だったな…w)
さすがに石版は…加工も保存も大変なので、せめて”紙”で頑張るとしよう!
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