「好きなことで生きていく」について
好きなことで生きていく

Google(YouTube)が広告として打ち出したキャッチフレーズが記憶に新しいところ。
あとは…意識高い系のビジネス本の著者なんかが語りがちなセリフでもある。
ただ現実問題、こんな風に「好きなことだけで生きていける」のは”ほんの一握り”の人種であり、たいていの人間は「好きではないことで生きていくためのお金を得る」生活を余儀なくされている。
あの広告を見る度に「あなたたちは運(タイミング)が良かったのもある」と皮肉まじりのため息が出ていた。
そんなマクラはさておき…。
最近の人間は「好きな情報だけで生きていく」人が多いな〜という印象。
例えば、ツイッターだって…

上部に「おすすめ」と「フォロー中」が選択できるようになっている。
「フォロー中」はフォローしている人のタイムラインが見られ、「おすすめ」はフォローしていない人のタイムラインも流れてくる。
こうした【好きな情報(=フォロワーの情報)】ばかり見ていると、意見が偏りがちになるな…とふと思うことがある。
「フォロー中」にしていると、最近バズっている情報とかが全然入ってこない。
特に【オジサン世代】になると、自分から積極的に情報を取りにいかなくなる。
偶然、手元に流れ着いた情報から「へぇ〜そんなことが世間で流行っているんだ!」と、世の中が見えてくることが増えてきた。
さらに、その問題を顕著化しているのが【レコメンド】機能である。
YouTubeからオススメされる動画や、インスタグラムに出てくるフォロワー以外の投稿…。
その表示する人やチャンネルを決めているのがAI的なコンピューターだが。
過去の視聴・閲覧履歴から
「お前、こんなん好きなんやろ?」
と俺が気に入りそうな投稿をレコメンドしてくる。
確かに、中には面白い投稿もあるけど「保護猫動画のチャンネルばかり流れてきても…」と思う時もある(笑)。
それよりかは「こんな動画が再生されてまっせ!」という【流行】を教えてくれる方が見る確率が高くなる気がするんだけどなぁ。
他にも【漫画】とかも…新しいジャンルの作品が発見しにくくなっているよね。
「この作品を読んだ人は、こんな作品も見ています」とレコメンド地獄にハマり、気づいたらお気に入りが『異世界モノ』ばかりになっている…とかね(苦笑)。
レコメンド機能は確かに便利だ。
俺の好みに合わせて、まだ見ぬ作品をお知らせしてくれる。
が、そのようなことばかり続けていると「情報が偏ってくる」んだよね。
例えば…アナタは織田信長にどんな印象を持っているだろうか?
「比叡山焼き討ち」
「第六天魔王」
など、ワガママの限りを尽くした乱暴者的な印象を持っている人が多いだろう。
「仏教徒を殺すなんて、なんて悪い奴なんだ!!」と。
映画化・ドラマ化された織田信長って、たいていそういう荒くれ者で描かれているし。
しかし、現実としては織田信長が「比叡山焼き討ち」をしたおかげで、日本に「宗教+武装」の組織という…いわゆるアルカイーダ的な武装僧兵が誕生するのを防いでくれたという側面がある。
「織田信長は悪人だ!」と決めつけ”そういう情報”しか取りにいかなかったり、フォローしている人が”ソッチの派閥”ばかりだったら…この情報は絶対に入ってこないはずだ。
以前、堀江貴文さんが
「俺はツイッターでブロックしない。そういう【雑音】を入れるのも大事だから」
と語っていたことがあった。
(現在はブロックしまくっているらしいがw)
つまりは「そういうこと」で…。
自分の都合のいい情報、心地よい環境に慣れすぎるんじゃなくて、あえて違和感を入れていく大切さってのもあるんじゃないかと。
なので、電子書籍のサイトばかりではなく、たまにはリアル書店に行って
「へぇ〜、今ってこんな漫画もあるんだ」
「この漫画が平積みされているのね」
などと、自分の好み以外の情報を取りに行った方が、脳内環境が健全になるんじゃないのかなぁ〜と思う、今日このごろ。
スマホの情報は便利だけど、自分で手を動かしてめくれる範囲は狭い。
広い視野で見る大切さってのを、いつも考えてる。
