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【ビジネス】 研鑽してきた「時間」を考えていない

 1枚の作品を1時間で描けるイラストレーターがいたとする。
 何も知らない外部の人間からすれば、「イラストを仕上げるのに1時間?だったらその1時間分の給料だから安いでしょ?」と思うかもしれない。

 しかし、その「1時間で描けるようになった技術」を会得するのに、その人がどれだけ時間を費やし、研鑽してきたかまるで想像がついていない人が多い気がした。

 たまーに、学生らしき人が「僕たちお金が無いので、無料(か格安)でお願いできませんか?」という依頼をプロにしてきた…みたいなツイートを見かけたりする。
 なぜ、お金で仕事を請け負うプロにそれをやっちゃうんだろう?
 「とりあえずバカなふりして聞いてみた」なのか「熱意さえあればお金じゃない感情で動いてくれるはず信者」なのか分からないけど、プロからすれば無償で「技術(作品)」を提供したところで美談にも何もならない。
 むしろ「タダでやってくれる人なんだ!」と厚かましい人がコバエのように寄ってくるから鬱陶しくなると思う。
 プロは技術相応のお金がもらえるからプロなのに。

 一方で某氏が被災地などへお金を寄付すると「偽善だ!」って声高々と言うくせに、一方では作業による無償の奉仕を求めたがる、近代日本のパラレルワールド。

 …とは言ったものの、実は放送作家は無償で企画書を書くことが多い。
 ただ、上記と違うのはプロとプロの間…いわゆる【B to B】での取り引きということかな。
 プロデューサーやディレクターの求めに応じ【企画会議】を行い、そこで「これイイね!」となったネタ案を企画書に起こすわけで。
 なぜ無償が多いのかと言うと「まだお金が発生していないから」
 番組として成立すれば制作費が出るけど、企画書の段階ではお金が発生していない。
 もし、作業対価として放送作家へ金銭を払うとなると「プロデューサーの自腹」か「担当している他番組での請求」という形になってしまう。
 「いつも悪いね。これ少ないけど…」とお小遣いをくれる人もいるが、極めて稀なケースだろう。

 まぁ「無償で」とは書いているが、それは先行投資のようなもので。
 番組さえ通ってしまえば優先的に入れてもらえ、場合によっては10年以上続くレギュラーになるかもしれない(=お金が発生し続ける)。
 そうした「目の前に吊るされたニンジン」を目指して、今もパソコンのキーを叩き続けているわけである。

 にしても、その”企画書作成の技術”を身につけるのだって、ン十年以上かかっているからね…。
 何度も怒られ、徹夜し、涙ながらに直し続けた努力の結晶なのだ。

 現在、そのテクニカルな部分を本にまとめられたらな…と思っていて、元旦の目標は『電子書籍を出す』だった。
 さて…今年中にやれるだろうか?
 いや、やるね!<頑張る

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