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借金まみれだったあの頃

 人生系YouTuberの動画を多く見ていたら同類のオススメ動画が出てきたが、その中で消費者金融などから多額の「借金」している人の動画がやたらレコメンドされた。いくつか見て「随分たくさんいるもんだな…。YouTubeで少しでも収益を得て借金返済に回せるならと考えている人も多いんだろう」などと思いつつ、自分の若い頃を回想。

 思い返せば、自分も放送作家を始めた頃は借金まみれだった。学生時代に作っていたセゾンカードでキャッシング枠の50万円を目一杯借りてたし、さらに系列のカード会社で新しいカード作ってそこからも借りていた。借金していた理由は単純に「収入が無かったから」。

 放送作家は基本的に歩合制。当時は全然仕事が無かったので、収入は年収で数十万円とかだった。でも…家賃に食費、そして大宅文庫までの交通費など! 毎月お金が必要になってくる。親にも頼れないし、貸してくれる兄弟や友達もいない。なのでカードのキャッシングを使ってなんとかしのいでいたわけだ。

 詳細は覚えていないが、毎月2万5000円ぐらい返済し、うち利息が1万5000円とかだった記憶がある。そんな自転車操業にも追いついていない状態だったので、返しても返しても借金が増えていくばかりだった。毎日お金のことばかり考えていた。あまりに首が回らなくなってしまい、ついには放送作家をやりながらファストフード店で深夜のアルバイトも始めた。

 当時はインターネットなど普及していない時代…。なので調べ物は図書館などがメインだった。朝10時から大宅文庫へ行っては15時頃まで雑誌を閲覧し、そのコピーした記事を元に電話で追加取材を行い資料をまとめる。で、先輩にFAXで送信した後、22時から朝の6時までアルバイトをし、その後1〜2時間仮眠してまたリサーチへ出かける…。そんな日々を過ごしていた。二十歳過ぎた頃でまだ体力があったから出来た肉体労働だった。

 この生活は半年ほど続いたが、お世話になっていた会社が倒産してしまったため路頭に迷うこととなってしまった。当時はフリーでやれるほどの人脈と実力が無かったので、どうしていいか分からなかったのだ。なので!

 放送作家を諦めることにした

 時はITバブル! 「ホームページを作るプログラマーになってやるぜ!」と新たな野心を抱き、『フロムA』などの求人誌を見て飛び込んだ会社は…ホームページとは関係無い”システム運用”の会社だった。エンジニアになるはずがオペレーター募集のところに就職してしまったわけで…(苦笑)

 随分と話が逸れたが。まぁ、逆に「これ(オペレーター)はやりたいことじゃない!」と思えたことで再びマスコミ業界に戻ってくることができたというのがあるので、若かりし頃の過ちもあながち無駄じゃなかった。あと、このオペレーターをやっていた時はちゃんとした給料が貰えていたので、1年ぐらいかけて数十万円の借金は完済することが出来たのは良かった。

 でも、マスコミ業界に戻ったはいいけど生活はギリギリ(笑) 会社員時代に蓄えた30万円の貯金はすぐに溶けてしまい…。クレジットカードに手は出さなかったものの貧乏は続いていた。ある番組で運命の出会いをするまでは・・・。

 2020年現在、売れてはいないけどギリギリ食えてはいる。ただ、それというのも家族と住む家を買う必要が無く、車も持っていないのでローンを気にする必要が無いから。このタイミングで何か入院・手術が必要な大病など患ったりしたら…自分も借金返済を記録する人生系YouTuberとしてデビューするかもしれない。

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