【音楽】 は仕事や勉強の邪魔? #242
テレビやラジオなどの企画を考えたり台本を書いたりする放送作家が、日常の思いつきや体験などを綴るエッセイ風note。
自分、昔からデスクで集中したい時には「音楽を聴いていた派」だ。
学生の頃の勉強もそうだし、社会人になって企画書やネタを作る時も音楽を聴いていることが多い。
”東京大学に入学した人の勉強法の特集”が時々テレビでやっていたりするが、なんかああいった人は「生活音が響く居間で宿題やっていた」という人が多い。
茶の間的な…子供が勉強している脇を家族が通り過ぎるような空間で学習するっていう。
だから試験の時の”ザワザワ”に強いんだろうか…。
俺は…少なくとも勉強する時は”人のいる空間”では無理だった。
人の会話が気になってしまったり、知り合いを見つけると「せっかくだから何か話そう!」という【かまってちゃん】になってしまうから。
なので、耳を塞いで「音楽」で強制的に自分の世界を作るようにしていた。
その聴く「曲」といえば…。
自分がMP3(データ)形式で聴くようになって20年近くになるが、ある特定の曲でプレイリストを構成し、それを流すようにしている。
「聴き慣れた音楽」を「聴き慣れた曲順」でループさせるわけだ。
もう、だいぶ聴き込んでいるので、今さら曲が流れてきたところで心が一喜一憂しない。
「環境音」として溶け込んでいる。
でも、今の若い世代って…そういうリストを作らず『Spotify』的な聴き放題みたいなサービスで流行りの曲を流して聴いているのかね?
個人的には…
それだと「あっ!(※お気に入りアーティスト)の○○がかかった!」と、新曲が流れてくる度に心を持っていかれはしないだろうか?
という心配が出てくる。
ランニングやウォーキング中とか通勤通学中ならともかく、集中したい時に【新曲】はヤバいと思うんだけどなぁ〜。
オッサン世代は、CDからカセットテープにダビングして「マイ・フェイバリット・テープ」を作り、ウォークマンで聴いていた人も多いはず。
なんなら、テレビから直接音楽を録音しようとして、テレビのスピーカーにラジカセのマイクを近づけてボタンを押すと、タイミングよく柱時計の鐘が鳴ったり、「お風呂入りなさ〜い」という親の声が入ってしまったりした…なんて思いをしてきた人もいるだろう(笑)。
そうして作り上げた珠玉のテープを、オートリバースで何度も繰り返し繰り返し…。
それからほどなくして【MD】が登場し、曲の再生順が自由にいじれたりするような時代となり…。
以後、音楽が本格的にデジタル(データ)音楽へ移行するようになったのはAPPLEから『iPod shuffle』が発売されたのがキッカケだと思っている。
iTunesとiPodの連携で音楽のダウンロードや曲の管理といったことが容易になったことや、そのスタイリッシュでオシャレな見た目なども相まって急速へ若者へと浸透していったのだ。

これが出る前、MP3再生機器としてはRioやPanasonicなどからプレイヤーが出ていたりしたが、まるで流行っていない感じだったし(苦笑)。
俺はPanasonicのオーディオプレイヤーを2台ほど所持していた。


特に下のヤツなんて、ケーブルレスだからね…。
2000年代初頭ぐらいから、すでに俺はケーブルから開放されていたのだ。
単4電池で駆動したのだが、ケーブルのついていないヘッドホンに対し当時は「何のガジェットだ、それ?」みたいな周りの視線が痛かった。
また、頭のサイズが大きいがゆえに中央部分で本体が真っ二つになってしまうアクシデントなどもあったけど(苦笑)。
今は「耳うどん」と揶揄された時代を通り越して、みんなワイヤレスだもんな〜。
にしても、昭和のあの頃はあの頃で…良かったなぁ。
たくさんの曲を持ち歩けない分、曲は厳選したものばかり。
あの頃に組み立てた「青春のプレイリスト」は、今でも忘れないし。
って、遠い昔の思い出に脱線しまくったけど。
結局、今回のテーマの結論としては…
お気に入りの曲を集めた「集中したい時のプレイリスト」を作り、それを聴いて自分だけの「心の領域展開」を行えばいいと思う。
かな?
領域展開…「天上天下唯我独尊(自己中ワールド)」みたいな。
雑踏の中で集中しにくい人は、音楽を「やる気スイッチ」に変えるってことで。
