「町中華」で後継者がいないまま閉店する理由を考える
相撲の世界で親方になるには「年寄名跡」…通称「年寄株」という、元からある105の名跡を継ぐパターンと、「一代年寄」という大活躍した力士が一代限りの名跡を冠するパターンがあるようで。
「一代年寄」は【貴乃花部屋】が新設された時に話題になったりしたので記憶に残っている人がいるかもしれないが。
で、ふと思った。
「町中華のお店って、なんでこんなに【一代年寄】パターンが多いんだろう?」
と。
それぞれに意見があると思うが、自分なりに考えてみた。
地下鉄丸の内線の新中野駅からちょっと行ったところに「中華食堂 尚ちゃん」という町中華がある。
知り合いの社長さんに連れてきてもらったが、ここは有吉弘行さんとかも通うぐらい有名なお店だったらしい。
自分は2〜3年前に初めて訪問したが、ここの「中華丼」がめっちゃくちゃに美味かった。
マジで今までの中華丼の概念を覆されるぐらいに。
以降、半年〜1年に1回ぐらい、新中野付近を通ることがあるので(自費で)通うようになった。
頼むのはもちろん「中華丼」。
「広東麺」も美味いらしいのだが、先に「中華丼」の味を確認したくなっちゃうのよね。
だって、毎回来るのが半年以上ぶりなんだもん(笑)。
他の町中華にも「中華丼」のメニューはあるにはあるが、ここの店のは別格だと思った。
言語化しにくいんだけど、とにかく「美味い!」のだ。
で、そんな「尚ちゃん」だが、ここ最近で店主が代替わりしたみたいだ。
2ヶ月ぐらい前に食べに行ったら、若い男性2人の店員さんが鍋を振るっていたのでビックリ。
常連でも無いし、店員さんと親しいわけでもないから理由は聞けなかったが。
「あれは誰なんだろう?」と思って知り合いの社長さんに聞いたら「息子さんたちが後を継いだ」とのこと。
へぇ〜、あの若者たちが息子さんだったんだ。
一方で群馬県高崎市が打ち出している【絶メシ】のように…後継者不足という理由で長年やってきた老舗が店を閉じるケースが近年後を絶たない。
お客さんが入っているにも関わらず…。
定期借地で土地を手放すとかでもなく…。
「後継者がいない」という理由だけで、長年愛されてきた味が継承されないのは非常にもったいないと思った。
勝手なイメージだが、大抵の町中華のお店は60〜70歳ぐらいのお爺さんがやっていて。
息子・娘が後継者になってくれたらいいが、飲食の経営というのはそう簡単にはいかないようで。
「こんな苦労を子供にさせたくない」として閉めるケースも見受けられるぐらい、客商売は厳しい世界。
特に原材料費が値上がりしている昨今は。
じゃあ、外部の人間を雇って後継者を育てればいいんじゃないかというのもあるが、町中華の老舗は往々にして「住居兼店舗」というケースが少なくない。
家族に店を譲るなら、実家はそのままで店の権利だけ子供が継承したことになるけど。
もし他人に丸ごと譲るとなったら、下手すりゃ自分が自宅を出ていかないといけないパターンなのかもしれない。
それが難しいとなると、新店長も…形ばかりの店主となり、元店長に家賃を払いながらの「雇われ店長」ということになって、完全な「代替わり」とならないのかもしれない。
だったら、味だけ継承して「暖簾分け」という形で分家したらどうか…とも考える。
でもそれだと、微妙に違うんだよね。。
その土地・その場所だからこそ愛される町中華ってのがあるから。
味にもファン(客)がついているが、主人のキャラだったり、お店の雰囲気だったり…。
この要素が緻密に混じり合って、人気店が生まれるんだと思う。
なので、完全に「代替わり」するのは、やはりその土地でないといけないのだろう。
東京から暖簾分けして北海道で開店されたところで、そこまで食べに行く気力が都民の常連には無いはずだ。
あと、町中華には明確な【ブランド】が無いのが原因だろうか?
「@@出身」とかはあるけど、それが【ブランド】の域にまで達していない。
その点、ラーメンは「二郎」だったり「家系」だったり「大勝軒」だったり。
【ブランド】による暖簾分けの仕組みが上手く運用されていて、(上振れ・下振れありつつも)味が後世に残り続ける仕組み作りが上手くいっている業界だ。
ラーメンにできることが中華だとできないってどういうことだろうね?
直系とかインスパイア系とか、形は色々あるけれど「ラーメン二郎」は【二郎ブランド】として完全に確立されているし。
中華屋もそんな感じで「@@系」なお店のチェーン展開のシステムが作れないのだろうか?
しかしそれだと、町中華ならではの「メニュー数の多さ」と、それに伴う「店主ごとの再現率の低さ」がネックになってしまうんだろうか?
ラーメンは、どちらかと言えば「麺・スープ・タレ・具材」の基本的な食材・調理法が統一しやすいからチェーン展開しやすいとか?
まぁ、なんだかんだ屁理屈を捏ねてみたが。
まとめて言うなら、
「美味しい味。それを作り出す独自の調理法があるなら、一代年寄株状態にするんじゃなく、後世までレシピを残して欲しい。で、志の高い誰かが味を再現して全国へ広めて欲しい」
ってことで。
