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「引用・参照」ばかりするページってどうなんだ? #243

テレビやラジオなどの企画を考えたり台本を書いたりする放送作家が、日常の思いつきや体験などを綴るエッセイ風note。

 自分だったり他人の文献やホームページの情報を参照として載せる「引用」
 俺も自分のnoteの過去記事を引用したりするので、結構やってはいるのだが…。
 そんな俺ですら「そりゃないわ〜」というレベルの引用・参照をするnoteがあった。

「〜についての記事はコチラ」
「参照はコチラ」

 の連続で、10〜20個ぐらいリンクが貼ってあって。
 ページを移動して読んでいる間に、それぞれのページに書かれているデータを頭の中で整理をするのが非常に大変だった。
 なので、読む気が無くなった段階で閉じてしまったけど。

 そもそも、なぜ「引用」するのかと言えば、目的はおそらく2つあって。

1.著作権がらみ
2.過去記事の掘り返し

 著作権というのは…自分の書いた作品でない限り、文章を丸々コピーして掲載するのは相手の権利を侵害してしまうことになりかねない。
 でも、記事としては読んでもらいたい文章なので「私の言いたいことはコチラにまとめてありますので、参照して下さい!」と飛ばすパターン。

 自分の過去記事を引用・参照するのは「閲覧数を稼ぎたい」と狙っているから。
 同じことを2度書いてもしょうがないし、だったら作成の手間を省くのと、閲覧数を掘り返して閲覧数をかせぐ一石二鳥の方法を取ろう。

 …というのが理由なんじゃないのかな〜と。

 一応、他のページへ移動する引用・参照を行う場合の【俺ルール】としては

「1〜2行で簡単にリンク先のページの内容を紹介する」

 ということを念頭には置いている。

俺の言いたい概要はこんなことです。
出展元や詳細をさらに知りたい方はコチラを御覧ください。

 単体のページとしても成立しているけれど、より深い情報を探りたい方は引用先も参考にして下さい…と。

 それが引用であり参照ではないのだろうか?
 その説明すら無しに、ひたすら他のページへ行って来いさせるの「ルーラ」を使わせるのはマジで暴挙だと思う。
 しかも、引用先を読まないとその先の文章が理解出来ないのはもっと酷い。

 「ライティングの技術でぇ〜」云々言う前に、まず「人間の生理」を理解して文章を書こうよって思うな〜。
 特に【noteで集客・収益】を謳っている系のページは。

 自分の過去記事という「資産」で閲覧数を稼ぎたい、もしくは有料noteへ誘導したいのは分かるが、あまりに露骨すぎているページもあり、そういうのは見て気持ち悪くなる。

 キングコング・西野亮廣さんが自身の『Voicy』のチャンネルでイベント等を宣伝する時、毎回「宣伝するもの」は同じでも「宣伝する文言」を微妙に変えている…と語っていたことがある。
 「集客には丁寧な告知が必要」というニュアンスのことを言っていた。
 その【丁寧】をぶっ飛ばして…

「私がま〜たそれ説明するの? 過去に書いたからことあるんで、リンク貼っておくから勝手に読んでよ!」

 って気持ちで引用・参照を行っていないだろうか?
 露骨に「お金儲けしたい」というnoteからは「胡散臭い」臭いがプンプン漂ってくる。
 しかも最近、なんだか「そういうページ」が増えている気がするのは気のせいだろうか?

 で、私的な『そもそも論』だが。

・ペンネーム/ハンドルネーム
・顔出ししていない
・出版社とか”第三者”が介入していない
・やたら有料noteへ誘導しようとする

 この項目に3つ以上当てはまるようなnoterのnoteにお金を出したいとは思わないっす。
 だって…


 文字だけなら、人格はいくらでも嘘がつけますから


 中にはためになる書籍(文章)が埋もれているかもしれないが、埋もれたままになっているということはそれまでの「実力」ってことかと。
 人の目に触れなければ、ダイヤの原石は原石のまま。

 あと、誰かのページをコピペしたような…。
 「中国産ドラえもん」
 「中国産ミッキーマウス」
 的なnoteがやたら目立つ。

 とりあえず、自分は『国産』で頑張ろうっと。

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