二人羽織(短編小説;9,400文字)
かつて、寄席の芸にありましたね。その芸がこの国を救うお話です。
その法案が国会を通過したのは先月のことだった。
法律の正式名称は非常に長いため、メディアにはいくつかの略称が躍った。
法案は野党が提出した。
「我々は国会審議が意味なく長々と続くのに飽き飽きしています。テレビで国会中継を視る国民も同じでしょう。原因は明らかで、総理をはじめ各大臣の答弁時間です。こちらが質問をするたびに、背後に控えた官僚に相談する ── 質問者も国民もほったらかしにして、延々と」
以前はこうでなかった。
事前に提出される野党の質疑案に対して、若手官僚が徹夜で政府の答弁案を作り、当日朝までに各大臣に渡していた。
けれど超ブラック職場である中央官庁公務員を志望する若者が激減し、政府は当初口先だけだった『霞が関の働き方改革』を実施せざるを得なくなったのだ。
官僚による事前準備は正規の勤務時間内に限られることになった。けれど野党は相変わらず、前日時間外になってようやく、質問内容を届けてくる。
当然のことながら、その多くが世襲の国会議員にすぎない大臣たちに、集票能力はあるが、答弁能力はない。
だから、野党から質問を浴びる度に後方の官僚と長々と打ち合わせしてから回答するようになった。それどころか、途中で内容を失念して何度も確認する大臣までいた。
あまりに時間がかかるため、自信のない大臣は答弁に立つ際すぐ後方に数人の官僚を控えさせ、耳元でささやかれる内容をそのまま繰り返した。
こうした背景のもと、野党が《純粋な嫌がらせ》として提出したのが、
・国会審議の質疑の際、迅速な議会運営を目的として、大臣の答弁を他の政府委員が代行できる。
という法案だった。
具体的には、
・質問者に指定された人(大臣)は答弁席に立たなければならないが、答弁の音声は本人のものである必要はない。
「つまり、総理をはじめ各大臣は、口をパクパク動かしているだけでいいのです。どうせ官僚の皆さんが作った答弁書を代読するだけなんだから、最初から官僚が答えれば、審議時間ははるかに短縮され、効率的な国会運営ができるはずです!」
野党党首は皮肉たっぷりに法案の趣旨を説明した。
繰り返すが、これは《純粋な嫌がらせ》であり、当の野党も、まさかこの法案が通るとは1ミリも思っていなかった。
「内閣をバカにするのもいい加減にしろ!」
政権与党の政務調査会では怒号が飛び交った。
「我が党の内閣は国民に選ばれた国会議員からさらに選ばれた選良中の選良であり、国政に対して責任を持つのは官僚じゃない、総理をはじめとする国務大臣だ。答弁代行なんて、とんでもない!」
政調会長轟多浪は、隣席の総裁を意識しながら声を荒げた。
通常、政務調査会に党総裁は出ない。しかし、この会合には砂場遊総理が、自ら申し出て出席していた。
「まあまあ、轟さん、気持ちはわかるが、ここは実利を取った方がいいかもしれないよ」
「どういうことですか、総理?」
「現実を直視しようよ。野党の質問に対して官僚が答弁を考え、それを大臣が ── ほぼ、そのまま口にする ── それは事実だよね」
「それは……まあ……そうですが」
轟政調会長は苦い顔をした。彼もこの前の内閣では総務大臣を務め、答弁内容はほぼ官僚に依存していた。
「あなたも総務大臣だったから知ってるよね、国会中継の視聴率が年々下がっている」
「……はあ……そりゃあ……」
「NHKからも ── いくら公共放送とはいえ ── ほとんど誰も見ない番組を続けるわけにはいかない、と非公式に打ち切り打診がきている」
「……だからといって……」
「ほら、ブッポウソウって鳥のこと、聞いたことあるだろ? 森の中で夜、仏教における三宝と同じ『仏・法・僧』って啼くのはこの鳥だと信じられてきた。ところがある時、この声は実はフクロウの仲間のコノハズクが啼いている、と真相が突き止められてしまったんだ。それ以来、それまでの『姿のブッポウソウ』に対して、コノハズクは『声のブッポウソウ』と言われている ── 答弁も、『姿の大臣』と『声の大臣』、両方いていいんじゃないか?」
「総理、そのたとえ、意味がわかりませんが……」
「とにかくさ、国会審議がスピーディーになるって、いいことじゃないか? 俺たちだって正直、他の大臣が答弁している間、席にボーッと座ってるの、退屈きわまりないだろ? 『答弁を他の政府委員が代行できる』── 自由度が増えるだけだよ。自分で答弁したけりゃ、すりゃあいいんだ。賛成しちゃおうよ! どうだろう、皆さん?」
面食らったのは法案を提出した野党だった。反対意見も条文の修正要求もなく、法案は衆議院、そして参議院と ── これは奇跡的なことだが ── ほぼ全会一致で可決された。
政府に近いメディアは、
── 仏法僧法案、国会を通過
反政府系メディアは、
── 口パク法案、呆れた両院通過
と共に厳しく批判しながら報じた。
そして、既存メディアに背を向けるネットユーザーに最も受けたニックネームがこれ:
── 背後霊法案
意外にも、国民は冷静だった。
「いいんじゃない? 答弁の中身はこれまでと同じなんでしょ?」
「いやあ、会社でもそうだけど、会議が効率的に進むの、悪くないよ」
「のらくら答弁がなくなるかも、と期待します」
総理がたとえた『仏法僧法』は仏教界からの大反対に遭い、一方の『口パク法』もさすがに品が無い、第一大臣は答弁席に立ってるだけで口も動かさない、と評判悪く、ましてや官僚を霊扱いする『背後霊法』はもってのほか、とどれも立ち消えた。
そして残った通称が、さる芸人コンビが言い出した、
『二人羽織法』
だった。
「大丈夫かいな、あの法案」
「アホ―案?」
「違うがな、口パク法案とか言われてるヤツやがな」
「口パク? 鯉が餌欲しがってるんかい?」
「鯉やのうて大臣が『代返』欲しがってるんやがな。大臣が口パクして配下の官僚がじゃべるっちゅう……」
「それ、腹話術やないかい?」
「── ならええけどな、むしろ、二人羽織にならへんか、と心配なんや」
「二人羽織って……最近寄席でも見んなあ。後ろに隠れたヤツが両手を羽織の袖から出して前のヤツにうどん食わせたりする芸やろ?」
「そや! そいで両方の息がぴったり合うて、前のヤツの口にうまくうどんがはいって……それ、お前、オモロいか?」
「ちっともオモロないわい!」
「そやろ? うどんが鼻に突っ込まれたり、汁が着物の襟もとからヘソの方にこぼれたりするからオモロいんや」
「ほらほうや!」
「心配やなあ……あの法案、二人羽織にならへんかなあ」
「国会はおめえ、寄席とちゃうわい!」
法律施行後、初の通常国会中継は注目の的だった。
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