パソコンを立ち上げるたびに姿勢を正して深々と一礼する人
会社勤めをしていた頃、個人オフィスのパソコンを立ち上げる度に起立し、居住まいを正して深々と一礼するする役員がいました。
(別アカウント記事と一部重なります)
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小説を書き始めた頃はもちろん、原稿用紙のマス目に鉛筆で文字を埋めていた。賞に応募したり、出版社に送る時にはペンで清書した。
初めてワープロなるものを手に入れたのは28歳の時、毎日新聞主催、富士通協賛の懸賞論文『毎日二十一世紀賞』に応募したエッセイで賞をいただき、賞金に加えて副賞として業界初のポータブル日本語ワープロ《富士通OASYS Lite》をいただいた時 ── 発売とほぼ同時に手にした。
授賞式後に富士通の担当者から副賞ワープロの使用法説明を受け、実際にデモ機を使ってみた時に尋ねてみた。
「このワープロを使っていると、漢字が書けなくなりませんか?」
答えは、
「はい、書けなくなります」
この率直な答えは衝撃的でしたね……
担当者は続けた。
「書けなくなってもいいんです。いつもこれを使うようになりますから」
── つまり、漢字が書けなくなるのは、《退化》ではなく、《進化》である、という考え方だった。
(それから歳月が流れ、稀に手書きに直面する際、あれれ、ここ横棒1本だっけ2本だっけ、と首をひねる…)
残念ながらいただいたワープロは、液晶表示が8文字 X 1行しかなく、従って、文字の打ち込みと漢字変換はできるけれど、文章全体を眺めて校正するような作業には向かない。
いただきものには埃が被り、小説執筆は相変わらず原稿用紙に手書きしていた。
── とはいえ、それまでの製品が重量11.9 Kgだったのに比べ、3.5 kgと大幅な軽量化を実現したわけで、富士通の開発チームには、心から敬意を表します。
その後しばらく経ってからブラウン管モノクロ表示ながら十分な字数を一度に表示できるシャープ『書院』が発売され、さらにマックでMS Wordを使うようになり、原稿手書き生活とはお別れした。
会社の仕事 ── 業務報告書や研究論文の作成もパソコン上でワープロソフトを使うのが一般的となり、若手・中堅はすみやかに移行したけれど、PCが苦手な人の中には対応できず、若手に入力を依頼して嫌がられるベテランも一部いた。
その頃の会社経営トップで、秘書室からパソコンを支給された後も、決してワープロ機能は使わない、という頑固者がいた。
この人は私の米国留学を決済した人で、個人的にも社内で最も尊敬している人のひとりだった。
「どうして使わないんですかね?」
どうやら、その人は、
「手書きすればそれで済む文書を、なんでわざわざ時間をかけてキーボード使って打ち込まなければならんのだ!」
── その機能自体を非効率で無意味と考えているらしいとのこと。
ところがある日、秘書室長が彼をたしなめた。
「ワープロ機能は文字を入力するためのものではありません。文書を校正するためにあるのです。食わず嫌いではいけません。まず、自分で使ってみてください。その上で判断するのが研究者としての態度ではないでしょうか?」
秘書室長とはかつて頻繁に飲みに行く間柄だったので、昼の食堂でその後の経過を聴いてみた。
経営トップは秘書室長の直言を素直に受け入れ、ワープロ機能(=文書校正機能)のメリットを実感したという。
── そして、それだけにとどまらず……
役員個室でパソコンを立ち上げる時には必ず、直立不動でモニター画面に向かって深々とお辞儀をするようになった。
何をしているのか、秘書室長が尋ねると、こう答えた:
「このように便利な機能を開発してくれた東芝の技術者の努力を我々は忘れてはならない。だから毎回、その人たちに敬意と感謝を示している」
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初めての日本語ワードプロセッサは東芝の森健一氏らによるチームにより考案・開発され、1978年9月に発表,1979年2月に発売されました(JW-10)。
価格は630万円以上、大きさは事務机ぐらいありましたが、まさに革命的な製品であり、日本語の使用環境をひっくり返したようです。
