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都知事選挙と東大入試

都知事選挙に立候補した人の数は56人。たいへん盛況で結構なこと ── とは誰も思っていないようですね。

唐突ですが、このニュースに想い出したのは、かつて── センター入試(1990-2020年)やその前の共通一次試験(1979‐1989年)制度以前の、東京大学入学試験です。
当時、ほとんどの大学で入試は1回勝負でしたが、東大だけはマークシート方式の一次試験がありました。この試験の結果いわゆる『足切り』が行われ、合格者のみが記述式を含む二次試験に進むことができました。
── なぜか?

東大は入学志望者が ── いえ、入学試験受験希望者という意味ですが ── 非常に多かったからです。
当時、入試の採点は教員が行っていたため、全ての受験者の答案を処理するのはたいへんなコストがかかる。それでも、全員が本気で合格を目指しているのならば、やりがいもあるでしょう。
けれど、東大の場合は、合格確率が限りなくゼロに近い、いやゼロそのものの受験者がたくさんいました。
── なぜか?

当時の東大受験者は志望動機から3つぐらいのグループに分けられました。
① 「可能性あり」組
② 「ひょっとしたら/翌年の練習」組
③ 「人生の記念に」組

①はともかく、②③の答案採点が教員に(精神的にも)大きな負担となったことは想像に余りあります。

②は(まずダメだろうけど)ひょっとしたら合格可能性があるかもしれない、と考えて受験に臨む人、および、(例えば高校3年間部活に打ち込んでいたため)現役では無理だが浪人して1年後に勝負しよう ── その練習をしておこう、という人。

そして、③は、既に(偏差値的にはかなり差のある)私大に合格し、入学手続きも行った ── ついては、人生の記念碑として東大受験というものを経験しておこう、という人。

ご想像のように、一次試験では③の全員と②のほとんどが落ちる。受験料を払ったのに二次試験を受けられないなんて、と不満に思う人もいるでしょうね。
でも、おそらく、記述式を含む試験の採点には、受験料以上に経費がかかる。

エントリーするのにお金がかかるけれど、運営側にはそれ以上の経費がかかるかもしれない ── これ、都知事選の立候補者供託金を巡る議論と共通点があります。

東京大学入試を難関大学入試の『象徴』と見る人がいるのと同様、都知事選挙を自治体首長選挙の『象徴』のように捉え、②や③にも似た動機で立候補する人がいるのでしょう。

都知事選では、
「いやいや、あの人たちは純粋な売名行為で……」
という批判も聴くので、さらに、動機④を加えた方がいいかもしれませんが、③の現代版とも言えるのでしょうね。
つまり、あの頃の入試制度が現在あったならば、動機③の受験者が入試会場に向かうまでを動画中継する、なんてこと、普通に行われるでしょう ── そういう時代です。

そんなことを思っていたら、やはり、候補者の『足切り』を求める意見が出ました:

選挙の対象有権者の一部(数百~数千)の署名提出をもって立候補者とする等の足切り条項を設ける方が、供託金という『お金』を積んで足切りにするよりもマシだと思いますし、候補の乱立も防げるかと思います。

千葉県熊谷知事
「今後は政見放送がカオスに」都知事選の混乱拡大を千葉県知事が懸念「候補者に足切り条項を」(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース

ある意味、『条件を満たさない』人は立候補を認められないわけで、これはどうなのでしょうか?
かつての東大入試のように、
・受験料を払って受験には臨み、一次試験に合格した者が二次試験に進む。
でいいのではないでしょうか。
そして、ポイントは、
・一次試験はマークシート方式で機械的に採点され、経費は大きく圧縮される。
という点です。

『条件を満たさない人は立候補を認められない』制度で連想するのは、間もなく投票というイランの大統領選挙です。

届け出を行った80人の候補者が、『護憲評議会』で事前審査を受けた結果、選挙に臨めたのは6人にまで絞られました。

もちろん、熊谷知事の主張する『事前審査』は署名提出であり、強権国家と一緒にしてはいけません。

でも、やはり、民主国家で『立候補の自由』というのは守るべきだと思うのです。

しかも、署名提出のように非効率かつ真偽検証困難なことはやめるべきです。

立候補は受け付け、受験料にあたる供託金も出していただき、一次試験 ── いや、一次選挙に臨むことにしてはどうでしょうか。
そして、一次選挙はマイナカード登録スマホを使ったネット投票のみ受け付ける ── 経費はきわめて少なく済みます。公約などもネットを通じて閲覧できれば十分です。紙も地上波電波も使いません。
この国でこういうことを言うと、
「スマホを持っていない人は投票できないじゃないか」
「俺はマイナカード制度自体に反対だ」
などと叫ぶ人が必ずいます。
もちろん、そういう方は一次選挙には投票できません。
── いいじゃないですか、一次は所詮、『足切り』なんだから、参加できなくても。
かつての東大一次試験で、
「マークシートで真の学力が測れるか!」
という声があったとしても、
「いいじゃないですか、所詮『足切り』なんだから」
と応えたことでしょう。
二次選挙(本選挙)は今と同じです。有権者全員に葉書が来て……(これも見直しが必要なんでしょうけど)投票所に足を運ぶ

一次選挙では、
③ 「人生の記念に」組
が落選
し、
① 「可能性あり」組
② 「ひょっとしたら/翌年の練習」組
が通過する程度の票数を合格ラインとすればいい
のではないでしょうか?

このシステムのもうひとつのメリットは、
「供託金を払ったのに二次選挙に進めないんじゃバカバカしい」
と、③ 「人生の記念に」組の内のかなりが立候補自体しなくなることです。

── 次回選挙から、そうしませんか?

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