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映画を観るのが、「面白かった」で終われなくなった。――役者になってから、映画の観方が変わった話。

最近、映画を観るときに思うことがあります。
「映画を楽しむの、下手になったな」と。

昔はもっと単純でした。

面白かった。
泣いた。
笑った。
怖かった。

映画館を出て、家に帰る。
あるいはレンタルビデオ屋でビデオやDVDを借りて観る。

「いやー、面白かった!」

それで終わり。

当時は今みたいにAIでおすすめされる時代でもなかったので、観たい作品を探すのにも時間がかかりました。レンタルビデオ屋の棚を端から端まで見て、ジャケットを眺めて、裏のあらすじを読む。

「これ、面白そうだな」
そうやって一本を選ぶ。その時間すら、楽しかった。

それが、役者を始めてから少し変わりました。

映画を観ているはずなのに、物語だけを追えなくなった。
画面に映っているもの、聞こえてくるもの、その全部が気になる。
……物語に集中したいのに、余計なことばかり考えている。

面倒くさい。

でも、たぶん僕は、この「面倒くささ」が嫌いじゃないようです。役者になったからこそ、以前は気づかなかったものが観えるようになったから。

今日はそんな、僕自身の映画の観方について書いてみようと思います。


1.昔は「面白かった」で終わっていた

昔は、本当にそれだけでした。
映画を観て、「面白かった!」それで終わり。
もちろん、好きな作品は何度も観ました。

今のようにサブスクがなかったので、新作を「1泊2日」で借りたり、「3泊4日」で借りたり。その返却期限まで含めて、なんだか楽しかった。
学生の頃なんて予定はいい加減なもので、授業、部活、寝る。そこに友達からの誘いなんかも入ってくる。そんな中で新作を借りると、まず時間のマネジメントが始まる。

「今日観ないと返却日だな」

せっかく高いお金を払って借りたのに、120分の映画を60分しか観られず、そのまま返すことになったこともある。そして後悔する。しかも人気作品だったりすると、先に観た友達が内容を話している。

「え、そこまで言う?」

心の中で思いながら、話についていけない。どんな時代も、ちょっとしたマウントの取り合いはあったんですね。

……すみません。話が逸れました。
思い出すと止まらなくなるものですね。でも、あの頃はそんなふうに映画を観ていました。「なぜこの芝居が良かったんだろう」とか、「このカットはどうやって撮ったんだろう」なんて、ほとんど考えていなかった。

ただ、没入していた。その世界に入っていた。
周りの評価なんて気にせず、自分の感覚だけで「これは好き」「これは違う」と決めていた。大物評論家顔をしていたと思います。誰も傷つけないからこそ。何も考えずに、ただただ作品だけを楽しんでいました。

今みたいにスマホを開けば、自分の好みに合いそうな作品が次々と出てこない時代だからこそ、少し手間をかけて自分で選んだ一本との出会いは、今より少し特別だった気もしています。どんな出会いでも、少し面倒くさいくらいのほうが、あとから覚えているものなのかもしれません。


2.役者になって、観えるものが増えた

役者になってから、映画の観方が少しずつ変わっていきました。

それは、自分自身が作品をつくる側に立つようになったからだと思います。一番変わったのは、時代よりも、観る側の僕自身でした。

役者だけじゃない。

映画には、本当にたくさんの人が関わって、一つの作品ができあがります。カメラ、照明、音、衣装、美術、編集、小道具、制作、演出部、スクリプター、車両、演技事務、助監督、エキストラさん……挙げ始めたら、趣旨からずれて、また僕の悪い癖で終わらなくなるので、このあたりでやめておきます。各セクションの皆様、ごめんなさい。

そうやってたくさんの人の仕事が重なって、
ようやく一つの作品ができていることを、現場に立って身体で知りました。だから今は、画面に映っているものが気になります。
以前なら気にも留めなかった小さな動きや音にまで反応する。

観えるものが増えた分だけ、少し面倒くさくなりました。
でも、不思議なことに、同時に面白くもなりました。


3.たった数秒のために

映画って、不思議なお仕事です。
完成した作品の中には、あれだけ丁寧に時間をかけて撮ったあるシーンが、ほんの数秒で終わることがあります。

でも、その数秒のために、たくさんの人が動いている。

台詞を覚える。
場所が決まる。
照明が組まれる。
カメラの位置が決まる。
レンズを選ぶ。
衣装を整える。
メイクをする。

これだけではもちろんありません。

そして、「本番!」となり、カチンコが鳴らされる。撮り終われば、また次のカットやシーンへ。飯休や移動になることもあれば、そこでクランクアップになる役者さんもいる。

2022年 めんたいぴりりクランクアップ  左 パラシュート部隊 斉藤優さん

僕自身、現場に立つようになって、その時間を身体で知りました。
だから、映画に描かれていない時間まで、勝手に想像してしまう。
映画って、画面に映っているものだけでできているわけじゃない。
そう思うと、映画を観ることは、ただ物語を追いかけることじゃなくなりました。

……だから、映画を観るのが、あの頃から比べてちょっと面倒くさくなっているのかもしれません。

でも僕は、その面倒くささが好きです。


4.映画を、3つの視点で観る

そんな僕は、映画を観るとき、3つの視点を持つようになりました。

①観客として。

面白いのか。怖いのか。泣けるのか。この人のことを好きになれるのか。これは、昔から持っていた目。

②役者として。

この人は今、何を考えているんだろう。
なぜ、このタイミングで目を逸らしたんだろう。
この「間」は何なんだろう。
台詞ではなく、台詞の前後にあるものを観る。自分が演じるなら、と考えてしまう。

③演出を俯瞰して。

なぜ、ここでこの画なのか。
なぜ、この音なのか。
なぜ、今この人物を映さないのか。
カメラが動く意味は?
編集のリズムは?
作品全体として、何を見せようとしているんだろう。

この3つを、僕は一度に持って観ています。
ただし、混同はしない。ここが、僕の中では結構大事です。

まずはいつものように観客として、その世界に入る。
引っかかったら、役者の目になる。
さらに気になったら、一歩引いて作品全体を観る。

映画館で観るものではなかったら、何か引っかかったところで一時停止する。戻る。もう一度観る。場合によっては、同じ数秒を何度も観る。
一本の映画を観終わるのに、時間がかかることもありますが、それは僕が役者になって、こういう観方になってしまったからです。


5.それでも、映画が好き

役者になって、画面に映っているものだけじゃなく、その向こう側まで気になるようになりました。一つのシーンのために、どれだけの人が動いているのかも、少しずつ分かるようになりました。だから、エンドロールに流れるたくさんの名前を観ると、「この人たちが、この一本をつくったんだな」と感動します。

役者だけでは、映画はできない。

カメラがあって、照明があって、録音があって、音があって、衣装があって、メイクがあって、美術があって、制作があって、編集があって……。
本当に、たくさんの方の仕事と時間が重なって、僕たちが観ている一本の映画になる。それを知れたことは、役者になってよかったことの一つだと思います。

でも、映画を観る人には、そんなことまで考えなくていいと思っています。昔の僕みたいに、ただ夢中になって観てほしい。「いやー、面白かった!」
それでいい。映画が終わって、現実に戻ってきて、「面白かったなあ」と思えたら、ハッピーです。

映画を観終わったあとに、「いやー、面白かった!」と言える自分は、まだどこかにちゃんといるから。それがどんなに面倒くさくても。

映画が好きだから
たぶん、それでいいんだと思います。

福場俊策

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