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80点でも、出してみる。完璧じゃない自分にも、ちゃんと届く場所がある

ときどき、心の中で「まだ足りない」「これじゃ出せない」と立ち止まってしまう瞬間があります。
 
ほんの少しでも“粗さ”があると、不安になってしまう。
完璧に仕上げてからじゃないと、誰にも見せたくない
そんなふうに、自分を何度もとめてしまった経験があるかもしれません。
 
でもその背景には、もっと深い“思い込み”が隠れているかもしれません。


完璧じゃなければ、受け入れてもらえない?

気付かないうちに、心のどこかでこう思っていませんか?
「完璧じゃないと認めてもらえない」
「80点なんて、出す価値がない」

私たちの多くは義務教育の中で、100点を取ることが「正しい」「褒められる」ことだと教えられてきました。
逆に、90点でも間違いを指摘され、減点される構造にずっと慣れてきていると思います。

その結果、「100点以外は失敗」だという感覚が、
いつのまにか心の奥底に根を下ろしてしまったのかもしれません。

でも、社会や人間関係の中での”価値”って、本当にテストの点数のように測れるものでしょうか?


自分にとっての80点は、誰かにとっての100点かもしれない

完璧を目指すことは、丁寧に向き合っている証です。
その姿勢自体、とても美しくて、強さでもあります。

けれど、100点じゃないと出せないと思っていると、
どんなにいいものであっても、誰に届かないまま終わってしまうことがあります。

そもそも、「自分にとっての100点」と「誰かにとっての100点」は、必ずしも同じとは限りません。
あなたが「まだ80点かな」と思っているものでも、
受け取った誰かにとっては、それがちょうど“心に刺さる“100点になることもあります。


完璧さに囚われると、見えなくなるものがある

100点を目指すあまり、自分の内面ばかりに意識が向いてしまうことがあります。
周囲からの声が聞こえなくなり、フィードバックが届かない
「目的は何だっただろう?」と、原点を見失ってしまうこともあります。

さらに、完璧を恐れてしまうこともあるのです。

「一度出してしまったら、それ以上手を加えられなくなる」
「先に出したら、誰かに真似されてしまう」
そんな不安に飲まれて、ずっと“準備中”のまま、終わってしまうことだってあるんです。


出してみることで、初めて見える景色がある

だからこそ、80点でも出してみる勇気が必要だと思います。

未完成のまま出すことは、妥協ではありません。
それは、「対話の余白」を持ったまま世に出すということです

返ってきた声を受け止めながら、ゆっくり100点に近づいていけばいいのです。
完成を目指す過程も、作品の一部だと考えてください。


おわりに

完璧じゃなくても、大丈夫です。
それでも十分、誰かにとっての”光”になります。

「100てんじゃないと意味がない」という刷り込みは、
いつしか「なにも出せない自分」へと繋がってしまうかもしれません。

でも、社会は”減点方式”ではなく、
「誰かに届いたこと」そのものに価値がある世界です。

あなたの80点には、まだ見ぬ誰かを動かす力があります。
だからまずは、一歩だけ出してみましょう。



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