【空想教室】アオイノイロ⑯
第2章 にじむ色
第8話 和解、新たなる出発
海風がソウの頬をすり抜け、アオイの髪を揺らす。
ベンチに座った2人は、黙ったまま海を眺めていた。
そよそよささやく木々の音や、遠くで鳴くウミネコの声が耳に心地いい。
2人はお互いに、姉であり、弟であることを、黙ったまま噛みしめていた。人生に翻弄されながらも、やっと“弟”として名乗ることができたソウ。そのこれまでの旅の苦しさを思うと、アオイの胸は締めつけられた。
「……帰ろうか」
アオイがぽつりとつぶやくと、ソウは黙って頷いた。
◆
2人揃って再び玄関をくぐると、母はまだ同じ場所にいた。
まるで、アオイが戻ってくるのを、ずっと信じて待っていたかのように。
腰かけていた椅子からスッと立ち上がると、か細い声で言う。
「おかえりなさい」
その声は震えていたけれど、そのぬくもりとやさしさが、まっすぐアオイの心に染みこんできた。
アオイは、そっと一歩前に出て、母と向き合った。
「わたしね、、、まだ全部は許せない。
でも……少しだけわかった気がするんだ。
誰かを恨んだままじゃ、前にも進めないってこと。」
母の目にまた涙が浮かぶ。
「ありがとう、戻ってきてくれて…」
その瞬間、アオイの胸元でガラス玉がふわりと輝き出す。
それは虹のように、いくつもの色が溶け合ってひとつになったような美しい光だった。
「……母さんの色?」
アオイは小さくつぶやく。
すると、母はそっとアオイの手を取り、自身のポケットから同じく虹色に激しく輝くガラス玉を、静かに載せた。
アオイのガラス玉はいっそうまばゆく輝きを放ち始めた。2つの共鳴し合ったガラス玉は、お互いを求めて小さな虹を描き、七色の光で繋がり始める。その様子を瞬きもせず見つめていたアオイに、母は言う。
「あなたの色でもあるわ。きっとこれは、ずっと昔から決まっていたこと。
だけど、あなたがそれを信じてくれたとき、ようやくその色は“本当の虹”になることができたの。」
アオイの瞳に涙がにじむ。
悲しみの涙ではない。確かな理解と、ぬくもりを感じた証だ。
遠い昔、ほとんどの記憶を持たない頃、ぼんやりと感じた、広くて大きな「母の愛」とはきっとこんな感じだったと、アオイは思った。
そんな母と姉の様子を、ソウは少し離れたところで静かに見守っていた。
自分にもほんの少し宿っている「風使い」とは違う属性。
ソウは、自分もその色を確かめたいと思っていた。
◆
その夜。
やわらかな風に星のまたたきを感じる縁側で、アオイとソウは空を眺めていた。青白い月が2人を見つめている。
「……旅、続けようと思うの」
アオイがふいに言うと、ソウがこちらを見た。
「うん。オレも続ける。修行はまだ途中だしね」
ニッコリしながら言うソウに、アオイは真顔で話す。
「今日わたしは、母の色と共鳴したことで、虹色になれたじゃない?けど──“本当のわたしの色”はまだちゃんと見つけられてないんじゃないかって思ってるんだ。わたしは、それが知りたい。」
「いいね。答えを急がないのが、アオイらしいよ」
ふたりは顔を見合わせて、笑った。
「じゃあ……出発は、明日だね」
アオイは静かに頷く。
2人の会話をこっそり聞いていた風が、旅立ちを祝うように吹き抜けていった。
◆
鳥たちのさえずりが聞こえ始めるころ、ダイニングにはやわらかな朝の光が差し込む。アオイは、母とソウ、そして"おじさん"と一緒に、4人で小さな食卓を囲んでいた。
たどたどしく差し出された母の手料理。初めて口にするそれは、ほっとするような味。でも、胸の奥がじんわりして、少しだけ涙ぐみそうになった。
「……おいしいね」
アオイがぽつりとそう言うと、母は頷きながら、少しだけ微笑んだ。
「ありがとう、アオイ」
その言葉に込められた、年月分のぬくもり。失われた時間は戻らないけれど、アオイも母も、これ以上離れたくないと思った。
朝食を済ませたアオイとソウは、小さな荷物を背負って家を出る。
「ほんとに行っちゃうの?」
「うん。でも、ちゃんとまた来るよ」
そんな不安そうな母娘の会話を聞きながら、おじさんが笑った。
「そうか。またいつでもおいで。……そのときは、もう“おじさん”なんて呼ばせないけどww」
「それは……うん、まだ保留ってことで」
アオイが笑うと、みんなも笑った。
さぁ、いよいよ出発だ。またしばらく母とは会えなくなる。でも、もう大丈夫。母とは心で繋がっている。身体は今までと同じく離れるけれど、心が大きな安心をくれる。大きく手を振りながら再会を約束した。
◆
しばらく一本道を歩きながら、ソウがぽつりと言った。
「これからどうするの?旅の理由、見つかった?」
アオイはしばらく考えてから、空を見上げた。
「……自分の色を探す旅。もう、それしか思いつかないよw」
「そっかw じゃあ、オレの修行旅にくっついてくる?」
「うん、勝手についていく」
「それ、旅の定義的にどうなんだ」
「うるさい」
2人の足取りは軽い。
でもその影は、確かに昨日より少し強く、濃く、まっすぐ伸びていた。
アオイはふとペンダントのガラス玉を手のひらに載せる。アオイのガラス玉は、母と再会してから、ずっと静かに七色に輝いていた。そして、今なお、虹色の光を放っている。
アオイは目を細めて、虹色のガラス玉を見つめる。
(彩の館を訪ねたときのわたしは、どう生きたらいいのかよくわからなくて、もっともっと内向的で、あんまりやる気はなかったんだよね。人生捨ててたっていうか…
でも、いろんな人と出会っていろんなことを知っていくたびに、失くしていたものを思い出す日々だった。欠けていたものが多すぎて時間がかかってしまったけれど。
これまでの旅は序章にすぎなかったんだなって、今ならわかる。
きっとこれは、本当の旅のスタートライン。
これからのわたしは、弟、ソウと一緒に、どんな思い出を作ることができるだろう?もぅ、期待と楽しみしかない。)
「ねえ、ソウ」
「ん?」
「旅って、ゴールがなくてもいいんだよね」
「そう思うよ。……っていうか、ない方が楽しいし」
「そっか。じゃあ、わたしは――」
風がふわりと吹いた。
ガラス玉の中の虹色が、アオイの笑顔にそっと溶けていった。
《第2章 完》
エピローグ
──こうして、アオイの「色をめぐる旅」はひとつの終わりを迎え、
そしてまた、新しい始まりへと続いていく。
誰かの色と、自分の色が混ざりあって、世界は少しだけやさしくなった。
虹は、ひとりでは架からない。
でも、ひとりでも──
「探しつづけることは、できる。」
次の旅路の先に、どんな色が待っているのか
──それはまだ、風だけが知っている。
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