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【空想教室】アオイノイロ⑤挑戦・自信

第1章 名もなき色

第5話 踊る風、揺れる心


窓から差し込む午後の陽射しは、藤色に光るアオイのガラス玉をやわらかく照らしていた。カナに加工してもらったペンダントは、アオイの胸でその淡い色をたたえている。
アオイが訪れたそこは木の温もりを感じる小さなカフェ。
カナに教えられたルカとの待ち合わせ場所だ。
入口でキョロキョロと店内を見渡していると、カウンター席の女性がアオイに気づいて笑顔を向ける。

少し長めの前髪で小さな顔の半分が隠れている超小顔の彼女は、ゆるやかにウェーブのかかった長い髪の毛をポニーテイルにまとめている。
服装はとてもシンプルだ。白いショート丈のスポーツタンクにはターコイズの差し色が鮮やか。そして、右耳にはシルバーの大きなイヤーカフが存在感を強調している。彼女はまさに《ダンサー》だ。

「キミがアオイ?ボクはルカ。カナから話は聞いてるよ。」
そう言ってルカはアオイに近づいてくる。
「はじめまして。カナさんが"会ってみるといいよ"って……」
はにかみながら言うアオイに
「うん。会えて嬉しいよ。」
と言いながらルカは小さな手を差し出した。
子どもみたいに小さくて細いルカの手を握りしめて、アオイは
「よろしくね」とほほ笑んだ。

不意に「何か食べる?」と聞くルカに
「大丈夫。お昼なら済ませてきたから。」
とアオイが答えると、ルカはニッコリ笑いながら
「今日はちょっと見て欲しい場所があってさ、いいかな?」
そう言うと荷物を持って立ち上がり、手招きしながらカフェの外に出た。


ルカとアオイはカフェのある通りから2ブロック東にある街の広場へ向かっていた。そこは陽の光が差し込む大きな広場。中央には広場の半分ほどの大きなステージが設置されていて、人々が集まり、熱気に包まれている。

「すごい人……」
大勢の人間が集まるような場所にはほとんど行かないアオイ。あまりの人の多さに驚きを隠せず、思わず口に出てしまった。
「でしょ?今日はイベントがあるから。ボク、ここで踊るんだ。」
またまたニッコリ笑いながらルカはアオイを見た。
少し目を見開き、驚いた素振りを見せるアオイに、
「ちょっと見ていってよ」
と言いながらルカはステージに駆け上がると、軽やかにステップを踏み始めた。ターンを繰り返しながら、まるで風と戯れるかのように舞うその姿に、アオイは目を奪われた。

「すごい……!」
あまりの衝撃に心の声がもれてしまうアオイ。その瞬間、ルカと目が合う。
ルカはニッと笑い、ステージを降りるとアオイに歩み寄ってきた。

「どうだった?キミ、ダンス好き?」
人懐っこい笑顔を見せながら言うルカに
「うん。でも、見る専問かな……」
少しだけ目を伏せがちにアオイは答える。
「そっか。でも、"好き"って気持ちがあればそれだけで十分だよ!」
ルカの屈託のない明るい笑顔に、アオイは自然と心惹かれていった。


ルカには、世界的に有名なダンサーの兄がいた。
彼女は幼い頃から兄に憧れ、同じ舞台に立つことを夢見ていたのだ。
そして今、彼女は大きなコンテストを目前に控えている。

「ボク、兄みたいになりたくて、ずっと踊ってるんだ。でも、時々怖くなるんだよね。ボクは本当にこの道でいいのかなって」
ずっと自信に満ちた振舞いだったルカが一瞬だけ不安そうな表情を見せた。

「でもね、それでも踊るよ。ボクはボクの信じた道を進みたいから。」
そう言ってルカは、アオイに手を差し伸べた。
「アオイも踊ってみる?」
「えっ?わたしは……」
「大丈夫。ほら、やってみよう!」
ルカに手を引かれ、アオイは初めてダンスの一歩を踏み出す。ぎこちなくても、たどたどしくても、足が動くたびに心が少しずつほどけていく。

ルカとアオイは音楽に合わせ、笑顔を交わしながら暗くなるまで踊った。
アオイのそれは"ダンス"とは程遠い動きだったが…

 ***

その夜、アオイは眠れずに外へ出た。
夜風が心地よく、満月が静かに輝いている。
ふと、広場のステージに動く影が見えた。
「ルカ……?」
スポットライトの消えたステージで、ルカが一人、踊っていた。

昼間見せていた余裕ある笑顔は一切なく、何度も同じ動きを繰り返している。額には汗が滲み、息遣いも荒い。それでも彼女は立ち止まらなかった。

ステージの袖でその姿を見つめていたアオイは、息をのんだ。
そして、アオイの胸に、熱いものがこみ上げてきた。

わたしは……ルカみたいに頑張ったことがあるかな?

これまでの旅を振り返る。シキと出会い、一番大切な想いに気づき、レイと出会い、友情を知った。でも、自分の力で何かを成し遂げたことはあっただろうか?

ルカのダンスはただ美しいだけじゃない。
彼女が流した汗や、積み重ねた時間が、踊りの一歩一歩に込められている。
ルカは自信があるからこそ努力を怠らないんだ。
カンペキな人なんていない。でも、強い人は努力を続ける人なんだ。

やがてルカの動きが止まり、大きく息を吐く。
そして、夜空を見上げながら、静かにつぶやいた。

「……ボクは…ボクのダンスで、誰かの心を動かせるかな」

ルカの声は夜の闇に溶け込んでしまいそうなほど小さかった。
アオイは胸が一層熱くなるのを感じた。そして、そっと拳を握る。

「ルカのダンス、すごく素敵だよ」
ルカが驚いたように振り向く。
「わたしが今、心動いたもん!」
ルカの驚いた顔が、心許した優しい笑顔に変わる。
「でも…すごく努力してるんだね」
「……うん」ルカは息を整えながら、ゆっくりと頷いた。

「最初からうまくなんていかないよ。だけど、何度も挑戦すれば、必ず進める」
ルカの言葉が、アオイの心に沁み込んでいく。

わたしも…変われるのかな?

「ねぇ、アオイ」ルカがアオイの手を取る。
「昼間は"見る専問"って言ってたよね?さっきのダンスもぎこちなかったし。」ルカがクスッと笑った。が、すぐに真面目な顔つきに戻って
「でもさ、ボク、思うんだ。"できない"って思い込んでるだけかも知れないって。大事なのは"やってみる"ことだよ」
そう言いながらルカは軽くステップを踏んで見せる。
「ほら、やってみよう?」

やってみる……?

アオイは一瞬迷った。でも、ルカの真剣な瞳を見つめながら、そっと足を踏み出す。一歩、二歩…ぎこちなくてもいい。
「そう、その調子!」ルカの励ましを受けながら、アオイは初めて自ら"挑戦する"ことを知った。

今までのわたしは、はじめから諦めてた。この旅に出るまでは。
いや、旅に出たって、わたしから何かをすることはなかった。
与えられたことを粛々とこなすだけだった。

できないって決めつける前に、やってみる!
もしかしたらわたしにもできるかも知れない。
それが自信になる。わたしも強くなれる!

自分を信じて、挑戦すること。
それが本当の《自信》なのかも知れない。

その瞬間、アオイの胸元のガラス玉が内側から淡く光り出した。淡い光がだんだんと濃くなっていき、うすい藤色の光が広がった途端、ふんわりとしたターコイズブルーに変化していく。

ぎこちないステップを踏んでいたアオイと、それを優しく見守っていたルカだったが、不思議なガラス玉の光に2人の目は釘付けになった。


不思議な光を観た2人は、そのままルカの部屋で夜を明かすことにした。
2人ともかなり興奮していたし、他にも話したいことが山ほどあったからだ。

ルカの部屋には練習用の大きな鏡とスピーカーがあり、ベッドの脇にはダンスシューズがきちんと並べられていた。白を基調とした爽やかな部屋で、アオイは今までの旅で出会ったシキやレイの話をした。すると、ルカはアオイの前に来た《色探し》の途中の少年の話をしてくれた。

わたし以外にも《色探し》の旅をしている人がいるんだ―――

その話は、アオイにとってとても興味があり、心強いことでもあった。
わたしだけじゃない。そう思えるだけで心が軽くなったのだ。

ひとしきり話した後、アオイは布団の中で、まだ胸の奥に残る高鳴りを感じながら、そっとペンダントに触れる。

わたし…ちょっとだけ変われたかな
心に芽生えた、小さな勇気の色―――
とても美しい色

そう思った瞬間、瞼の裏に浮かぶのは、夜のステージで踊るルカの姿。
夢と現実の境目で、アオイは静かに眠りについた。

***

翌朝……
2人は近くの小道を歩きながら、昨日待ち合わせたカフェの前まで来た。
澄んだ朝の光に照らされたルカの髪が、風に揺れてキラキラと光る。

「ねぇ、アオイ」
ルカがふと立ち止まり、アオイの方を向く。
「また踊ろうよ。今度はちゃんと、ステップも教えるからさ!」
ウインクをしながらそう言うルカに
「……うん。次は、もっとちゃんと踊れるように体力作りしておくね」
と答えるアオイの声には、ほんの少し自信が滲んでいた。

手を振り合い、別れたあと、アオイはふとペンダントに目をやる。
昨日と同じく、少し緑がかった美しい青が淡い光をたたえている。
自信を象徴する色、ターコイズブルー。

今のわたしには、もう"見てるだけ"じゃない世界がある。

―――そう思えた朝だった。


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