転職したら年収が180万円も下がった話
「辞めてどうするんだろ」
「給料だって下がるのに、バカだな」
偶然、聞こえてきた
休憩室から聞こえてくる声。
父の笑顔が足かせに
会社を辞めるって決めても
両親には黙ってた。
特に父には言えなかった。
戦争で祖父を亡くし、
母一人子一人で育った父は、
高校に通いながら
必死で働いてきた人間。
小さな会社に入って、
毎晩遅くまで働いて、
家族を支えてきた。
その父が、
ぼくの就職を
心から喜んでくれた時の
笑顔が忘れられなかったから。
あの時…「本当に良かったな」
そう言って、照れくさそうに
背中を叩いてくれた。
怒りと諦めが混ざった上司の声に…
年も押し迫った12月。
「しば君、本当に辞めるのか?」
上司の安田さんの声には、
怒りと諦めが混じっていた。
「すみません」
「今が一番忙しい時期なのに、
この先どうするつもりだ」
「申し訳ありません…」
ぼくは25歳。
新卒で入社した会社を
退職する決意を上司に伝えた。
入社以来3年間、
朝から日経新聞の読み合わせ。
一日中数字を追いかける生活に、
少しずつ心が
擦り減っていくのを感じていた。
子供の頃から本が好きだった。
「趣味と仕事は別物」
就職するときは、そう思い込んでいた。
でも…
深夜のオフィスで
パソコンに向かって
数字ばかり見ているのは、
もう嫌だった。
20社落とされた僕を拾ってくれた会社
6か月後、東京・神保町。
「しば君、この企画書直して。
あと校正もさっさと終わらせて。
午後から一緒に営業行くよ」
先輩の声は容赦ない。
ベテランも新人も関係なく
編集、校正、営業…
何でもやらされる。
終電で帰宅して
カップ麺だけの夜が続く。
もちろん、
小さな会社に残業代なんてない。
友達や彼女との約束も
ぜんぶキャンセル。
『やっぱり間違ってたのかな』
そう思う日もあった。
前の会社を退職してから20社以上の
出版社に履歴書を送った。
でも、未経験の人間なんて
採ってくれなくて
ぜんぶ断られた。
いつまでたっても
仕事が見つからず
諦めかけていた時…
やっと社員20人の
この小さな出版社が拾ってくれた。
年収は180万円下がったけど
そんなの問題じゃなかった。
本を作る現場は面白かった。
企画の打ち合わせ、編集作業、書店回り。
大変だけどすべてが新鮮で
深夜まで働いても、
充実感があった。
かつて書類選考で落とされた大手出版社から…
1年半が経ったころ…
「しばさん、取材でちょくちょく会うけど、
本当によくやってるね」
ある本の出版記念パーティで
大手出版社のT編集長が
声をかけてきてくれた。
取材や発表会で、
よく顔を合わせる仲だった。
「うちで今、中途採用の
募集をかけてるんだけど、
試しに受けてみない?」
かつて履歴書を送って
書類審査で落とされた
出版社からのまさかの誘い。
かつての自分と重なる新人へ
5年後…
東京・飯田橋。
「しばさん、新人が相談があるって」
振り向くと、
不安そうな顔をした
新人の麻生君が
後輩に連れられて立っていた。
最初の会社を辞めた時の
自分みたいだった。
「ちょっと出て
コーヒーでも飲もうか」
喫茶店で
麻生君が恐る恐る切り出した。
「僕、失敗ばっかりで…
この仕事向いてないのかもしれません」
ぼくは、カウンターに並ぶ
ケーキを指差した。
「あのショートケーキ、
ちょっと傾いてるよね?」
「え?」
麻生君が首を傾げる。
「でもここのケーキって
めちゃくちゃ美味しいよね。
完璧じゃなくても、いいんだよ」
「ぼくも未経験で転職して
最初は失敗ばっかりだったし」
夢があってこの世界に
入ってきたんだよね。
だったら、一緒にがんばろう。
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よければ、のぞいてみてくださいね。
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