「学びたいことがない」のではなく、「学びたくない」のだと気づいた。
高3の4月、絶賛進路迷い中の私です。
月に一度会う父親から、今度会うときにどこの大学に行くか話してくださいね、とLINEで言われ、
いよいよマズいと思って大学を決めようと意気込んだものの、
その前段階の自己分析の沼にまたハマり、一日が終わった今日(29日・祝日)でした。
今日の結論としては、自分は
学びたくない
のだと。
好きなことはある。けど、知識を増やしたいとか技術を伸ばしたいとか、そういう気持ちが湧かないのです。現状に安住している。向上心がない。
そもそも教えられるのが嫌い。向こうが「する」側でこっちが「される」側なのが、嫌い。
かたや、今までの知識や考えた事を自分なりにまとめるのは好き。実はテストも案外好き。テスト後の見直しは嫌いだけど。
自分から「出す」のが好きで、自分に「入れる」、「入れさせられる」のが嫌い。
しかしながら、
入れなきゃ出ない
んですよね。今日こうやって考えを出すことができるのは、今までに入れた知識があるから。ぐうの音も出ませんね。
じゃあ、
出すために入れ、入れるために大学にだって行こうじゃないかと。こういう結論にもなりました。将来の自分が今よりも快く出せるために、今から数年の自分は我慢する。いかにもな答えに見えましたが、
で、何学ぶの?
何にも答え出てませんでした。
出したいから入れたいのであって、入れられるならなんでもいいという。
むしろ、今自分の中にある分野とは全く別の分野を入れた方が、良いものが出せる、かも。逆転の発想です。今まで散々、こんなことに興味があるならこの学部がおすすめだよ、って言われてきたのに。
また、興味ない分野の中から一つ決めるとなると、判断材料が全くないわけですが、どうしましょう。ルーレットですか。
…冗談にしか思えなくなってきました。
以上が今日(もう12時越えたので昨日)ハマった自己分析の沼の一部です。こういうことを考える人です。
note初投稿です。
こういうこと書くところであってます…よね?
続けるかわかりませんが、よろしくお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
