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タコを食う向日葵|風まかせ文芸部

こちらに初めて参加させて頂きます。

数年前、友人と旅行したときのことだった。
旅行の目的地は観光地にもなっている離島だったが、島に行く前にちょっと寄り道しようということで、船着き場から車ですぐのところにある向日葵畑を見に行くことになった。
丘の上にあるその畑は道の駅の役割も兼ねていて、併設の施設の中には野菜の直売所やフードコートがあり、友人は向日葵畑よりもどちらかというとそのフードコートの名物のかき氷を目当てにしているようだった。
しかしまぁせっかく来たのだから、と向日葵畑を友人と散策していた。
丘いっぱいに咲く向日葵の間には一定の間隔で通路が張り巡らされていて、まるで向日葵模様の布を格子状に縫い付けているような作りの畑だ。こうした方が管理がしやすいのだろうかと思った。
しかし、通路を分け入っていくうちに、だんだんとその道幅が狭くなってきていることに気づいた。
まわりに咲いている向日葵は、途中の畑で見たものより大きく、私の背丈を軽々追い越すほどの背の高さで、花の数も多い。
しかし、その花の色は少し褪せていて、背丈的にもまるで顔色の悪い人間が列をなして立っているような、少し不気味な印象だった。
虫の声があたりに響いている。
先ほどまで通路にいた他の観光客の姿も見当たらない。
道のつくりも少し荒く、知らない間に管理用の通路などに迷い込んでしまったのかもしれないと、後ろを歩いている友人に声をかけようと振り向くと、友人の頭が向日葵になっていた。

というのは目の錯覚で、友人がふざけて近くにあった向日葵を引いて顔の前に持ってきていただけだったのだが。

「ここ管理用通路じゃない?暑いしもう戻ってかき氷食べようよ」

向日葵頭のままの友人は私に向かってそう言った。
「そうだね」と返事をすると、友人は向日葵を戻して、「いこ」と踵を返した。当たり前だが、友人の頭はもとに戻った。

道の駅のフードコートに戻り、シャインマスカットがのったかき氷をシェアした。友人はいつも通りの様子で、かき氷を写真に収めてからおいしそうに食べていた。

ぼんやりと思ったのは、目の前にいる友人がもし向日葵と入れ替わってしまっていたとしても、私にはそれを証明する手段はないということだった。

そのあとは島に渡って、地酒を飲み、名産のタコや刺身をたらふく食べ、温泉につかって旅行を満喫した。
友人はしっかり酒を飲んでタコを食べ、翌日には車を運転していたので、どう考えても向日葵ではない。

炎天下の暑さと、迷い込んだ不安と、そんな場所で見た向日葵頭の人間という組み合わせで浮かんだふざけた考えなのだろう。
そう思いたいのだが、あのときの向日葵の群れが放つ、どうにも現実離れした空気が、私を今でも不安にさせる。
あの子は、ちゃんと人間のままでいるのだろうか。







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