金融ビッグバン最終章、法定通貨というナラティブの末路
金融ビッグバン最終章、法定通貨というナラティブの末路
1990年代、日本と世界は「金融ビッグバン」と呼ばれる改革に沸いた。規制を外し、市場を開放し、国際資本を呼び込み、通貨の自由を拡大する。そこにあったのは「国民国家が自らの物語を、通貨という制度を通じて未来へ延命する」という信念だった。ドルを頂点とした秩序のなかで、円もユーロもそれぞれの国家の顔を映し出す。法定通貨は、国民国家という近代の神話を流通させる紙片であり、デジタル数字であった。
だがこの「物語」は、もっと早い時期に限界を迎えていた。1980年代、英米の実物経済は疲弊し、製造業は衰退していた。だがロンドンとウォール街は衰退を認めなかった。彼らは諜報機関的な発想──情報を独占し、制度をハックし、リスクを加工する技術──を応用して、金融経済化を進めた。デリバティブ、レバレッジ、オフショア。国家の権威と諜報のロジックが結合し、紙片と数字の上で「力」が再構築されたのだ。それは国家の物語を人工的に延命する操作であり、同時に「実物を超えた金融」という虚構の肥大化でもあった。
その帰結が90年代の「金融ビッグバン」である。だが三十年後、我々の目に映るのは奇妙な光景だ。金の価格が上昇し続ける。だが金は不変だ。動いているのは通貨である。ドルも円もユーロも、静かに価値を失い続けている。つまり金の上昇は、通貨の下落であり、国家の物語の衰退に他ならない。
思えば、法定通貨とは「物語」だった。紙切れに「これは価値である」と信じさせるのは、国家というフィクションにほかならない。国家があれば通貨に信頼が宿り、通貨があれば国家に正統性が宿る。だがこの循環はもはや機能していない。国家は負債と格差を積み重ね、通貨はインフレとバブルの波に溺れている。
その結果、人々は再び「物」に戻りつつある。金や資源、土地といった沈黙の実物に。これは歴史的逆流だ。ローマ帝国の崩壊後、通貨が信用を失い、領主と傭兵が現物を基盤に支配を築いた「中世」と同じ構図が再び現れている。近代の国民国家は、十八世紀に誕生して二百年余りを支配したが、その主役の座は今や終わろうとしている。
金は語らない。だが通貨は語る。通貨が物語を失うとき、人々は金の沈黙に耳を澄ませる。金融ビッグバンから三十年──いや、80年代の金融化という「情報戦」の延命から数えても半世紀──我々が目撃しているのは始まりの輝きではなく、法定通貨というナラティブの最終章なのだ。
そもそも、西側諸国経済が今日まで持ち堪えたのは奇跡だったのだ。
2007年パリバショック、2008年リーマンショック。
これで80年代英米に始まる金融覇権システムは崩壊した、あとはQEという通貨改鋳で凌いできたに過ぎない。
近年の金価格、不動産、株価上昇、表面上の低失業率。
だが反比例するかのようなスタグフレーションと西側諸国市民生活の悪化はリンクしている。
私が見るにこれは先進国という物語と金融経済の最終章なのだ。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%B3
アラン・グリーンスパン(Alan Greenspan、1926年3月6日 - )は、アメリカ合衆国のコンサルタントで、マネタリスト経済学者。ジェラルド・フォード大統領の大統領経済諮問委員会議長(1974-77)、第13代連邦準備制度理事会(FRB)議長を務めた(1987-2006年)。 ブラックマンデー、メキシコ通貨危機、アジア通貨危機、アメリカ同時多発テロ事件後の経済危機を克服し、アメリカ史上最長の景気拡大をもたらしたが、2008年の世界金融危機はグリーンスパンの政策も一因だったと金融危機調査委員会が2011年に結論した[1]。
