思いもよらず海外移住をすることになったアラフィフです(教育移住)。せっかくなので、いつか海外移住したいという方のために移住のリアルをお伝えしています。士業、経営者歴が長いので、士業人生、経営論も書くことがあります。
今回は ご挨拶 です。
住むことになった…
このたび、海外(マレーシア)に住むことになりました。
海外移住なんて51年の人生の中で「頭の片隅にもない」ことでしたが、ひょんなことから実行することになりました。
移住することになったワケや今の状況など、書き残しておきたいと思います。
事前にお知らせするいとまなく、失礼を働いてしまった方へのご報告を兼ねて┏○
移住することになったワケ
子供が一人おりまして。
2025/4から(日本では)高校生の年齢になる男子。
中3の一年間、不登校でしたので「どうするの?」と聞いていましたが「日本の学校には絶対に行きたくない」との答えで、どうしたものか…と思案しておりました。(ちなみにイジメられたわけでも、グレたわけでもない)
日本の学校が嫌なら海外か……
・・・え、海外!?
ちょっと待って
でも日本にいると、もしかすると中学卒業になるかもしれない。
説得してどうにかなるもんじゃないし(頑固)
でも海外って…でも…でも…
……よし、やろう
決めたのが確か、2024年10月あたり。
さすがに国を見て決めなきゃと思って訪問したのが2025年1月。
移住して息子が入学したのは2025年4月。
行くと決めてから6ヶ月。
怒涛のスケジュールでした。
移住した国はマレーシアです。
マレーシアはここ。

住む地域は
首都クアラルンプールではなく、ジョホールバルという所です。
昔、サッカー日本代表がワールドカップの本戦への初出場を決めたとき、日本国民は沸き立ちながら、この日を「ジョホールバルの歓喜」と名付けました(確か番組で言っていた)。そのジョホールバルです。
ジョホールバルの位置はこちら。シンガポールのすぐ北です。

移住を決めた時点、わたしは行政書士として創業(27歳)し、法人化や社員への事業承継(48歳のとき)を経て、再度行政書士として一人個人事務所として開業しつつ、士業事務所さんの相談役や個人投資家として生きていました。
その中の個人投資家として生きる中で税制中心に海外の有利さは身にしみてわかっているつもりでしたし、「学費たけぇー!」というのもあり、投資家として動くためにも、マレーシアに行くことになったわけです。(このブログ執筆時点では来ているので、来た)
行政書士の登録は一旦おろしましたが、士業事務所さんの相談役はオンラインで変わらずお受けしています。(時差は1時間なので支障なし)
マレーシアの居住は当面、子供の通学期間の3~4年を考えています。ただその期間が経つころの状況によって、日本に帰るか、残るか、他の国へ行くか、決めたいなと思っています。帰国するならばまた行政書士登録をして、士業としてのお仕事をしたいなと考えています。
いざ来てみると、価値観の崩壊といいますか、今まで日本の、それも地方に住んでいた身としては、人生ガラガラポン!です。
マレーシアについて
マレーシアの国土面積は日本よりひとまわり小さい約33万KM。公用語はマレー語。ほかに中国語、タミル語、また、英語も使われています。
年間の平均気温は26~27度で最高気温は33度くらい。
日本の夏への入口の頃の気温が一年中続く感じです。
前述しましたが、日本との時差は1時間です。
人口は約3,350万人。内訳と宗教構成は、69%がマレー系(イスラム教)、23%が中華系(仏教、キリスト教)、7%がインド系(ヒンズー教、キリスト教など)、その他1%。

典型的な多民族国家ですね。
街を歩いていると特に感じます。まさに、人種のるつぼです。
英語は一応、通じますね。今のところ、かたことの英語で生活はできています。こちらで仕事をするならビジネス英語なりマレー語なり、勉強しないといけないとは思っています。
政治は立憲君主制(議会制民主主義)。日本と似ていますね。
住んでいるところ
住む所はマンションです。36階建て。こちらの言い方ではコンドミニアム。
この高さは日本ではタワマンと呼んで特別視するのでしょうが、家賃は日本の1/2~2/3というところなので、タワマンという感じはしません。
これくらいの階数でしたら、建ってる数も多いですし特別感なし。

隣にショッピングモールがあります。

中でもよく利用するのはスーパーとホームセンターです。


現時点利用頻度は低いですが、レストラン、カフェ、薬局、美容院なども入っています。オフィス棟もあります。
居住している部屋の様子はこんな感じです。



風景、いいですね。首都クアラルンプールはビル群の美しさがありますが、わたしはジョホールバルの景色、気に入っています。
そういえばマレーシアの物件って、変なんです。
なぜか、シャワールーム、トイレがたくさんある。
賃貸契約した部屋は120平米あたりなんですが、2つあります。(シャワールームとトイレは一緒なので、シャワー2、トイレ2、ですね)
150平米~の物件とかは、3つあったりします。(なんで3つも必要なんだ!?)
来た理由を少し掘ってみた
自分が従来の思考と場所から、思いもよらず海外在住者になってみて、なぜ来たのだろうか?と考えることがあります。
来た理由を少しだけ掘ってみます。
1.子供の人生が面白くなる気がした
先述の子供についてなんですが「海外の学校へ行く」という、あまりない経験をすることで、先の人生、面白くなるのだろうな、と感じたので、海外の学校への受験にOKを出しましたし、資金的な段取りも進めました。
学費たけぇー!(しつこい)
このブログ執筆時点では、学校へ行き始めた段階なのでこれからどういう動きが出るかわかりませんが、まあ、何とかなるでしょう。
何とかした先には、楽しい人生が待っているように思えます。
2.コンフォートゾーンから出たいと思った
ここからは個人的なことです。
日本で日々暮らしていると、慣れた土地、住居、仕事……いろいろと「心地よい」と感じていました。いわゆる「コンフォートゾーン」ですね。(周りの人たちが優しいからというのも大きいかも)
で、このゾーンを飛び出して、いろんなプレッシャーはかかってとしても、新境地に入ってみて、何が見つかるのだろうか?と興味を覚えたわけです。
また、自分にはプレッシャーのかかるゾーンに入って、それを乗り越える力はあるのだろうか?を確認したかった。
だから決めました。
3.死ぬまでの暇つぶし
わたしの人生観、といいますか、軸になっている考え方なんですが、「人生どうせ、死ぬまでの暇つぶし」というものがあります。
人間死ねば終わり。宗教的見地からは色々とあるのでしょうが、実際のところ、下の世代に三代移るころには、誰からも思い出されなくなります。
ともかく、死ぬまでにどんな空気を吸い、どんな風景を目に焼き付けるか、それが大切に思えます。
死ぬときに「あー、正直まだ生きたいけど、まぁ、色んなことをやった人生だったな、頑張ったな、良かったな」と思いながら死にたい。
4.人生の山をもう一つ二つ作りたい
これも人生観になるかもですが、先述のコンフォートゾーンが関係してきます。
人生とは登った山がいくつあるか、で楽しいかどうかが決まってくると思っています。
で、コンフォートゾーンに居続けると「魂が腐る」とも考えています。
どこかの本にあった気がしますけども、ドラクエの村でずっと暮らしていても面白くない、と同じです。
日本でも山は作ることはできますが、海外のほうが楽しい山を作れる可能性が高いと感じました。
いま、マレーシアの生暖かい空気を吸いながら、ショッピングモールで行き交う人たちを見ながら、この記事を執筆しています。
マレー系、中国系、インド系、韓国系、日本系・・・いろんな人種の人たちが行き交う姿は、日本での人生観がガラガラポンしそうな感覚に襲われます。
死ぬまでの暇つぶし、と書くと、引退した人のように見えるかもしれませんが、わたしの場合、ずっと昔から思ってきたことはあります。ちなみに51歳ですし、これからも何かをして生活してゆかねばなりませんし、バリバリ現役ですよ。
行っているお店
現時点、行っているお店はまだ、日系や、日本で行っていた店舗が多いです。タクシーで少し行けばあったりします。進出ぶりに驚きます。







1ピース200円くらいなので、価格的には日本と同じか少し安いか。
もう少し生活に慣れてきたら、マレーシアのチェーン店、地元のお店、屋台など、開拓してゆきたいなと思っています。
ということで、長くなりましたが、移住することになったワケや今の状況など、でした。
移住その他についてご興味あれば、わたしでわかることならお答えするので聞いてください。
おまけ
どうでもいい画ですが、先日家族と行ったショッピングモール内のカフェにて。音声なしです。
※執筆者名で個人投資家行政書士と書いていますが、マレーシア移住に伴い、行政書士は一旦、登録をおろしています。仕事人生の大半を行政書士として過ごしましたので根っこに近い事ですし、使っています。悪しからずご了承ください。
