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「豊かな老い」の実現に向けて――高齢者の孤独・孤立の実態から見えてきた社会の構造的課題

2025年9月、SIIFは『「豊かな老い」の実現に向けたリサーチ 他者とのつながりの中でいかにいきいきと年を重ねるかー持続可能な支援に向けた投資の在り方』を発行しました。同レポートは高齢者の孤独・孤立の実態を多くの調査データやヒアリングから明らかにし、その分析から投資による課題解決の可能性や、システムチェンジの方向性について示唆しています。なかでも注目すべきトピックについて、SIIF常務理事の工藤七子さん、事業部インパクト・オフィサーの北原菜由香さん、田立紀子さんに伺いました。

SIIF 常務理事 工藤七子
事業部 インパクト・オフィサー 北原菜由香
事業部 インパクト・オフィサー 田立紀子

深刻化する孤独・孤立――超高齢社会・日本が直面している課題

――まず、今回の調査テーマに掲げられている「豊かな老い」とは何でしょうか。
 
工藤七子(以下、工藤):SIIFは2022年より「機会格差」「地域活性化」「ヘルスケア」という3つの注力課題を掲げています。そのひとつである「ヘルスケア」では「高齢社会」にテーマを絞り、2023年に発表したビジョンペーパー内で「豊かな老い」というキーワードを提言しました。

ビジョンペーパー【ヘルスケア】

私たちが考える「豊かな老い」とは、老いることを肯定的に受け入れつつ適切な支援を受け、自分らしく生きられる状態です。そして「豊かな老い」を実現するためには、「ゆるいつながりを育むこと」と「エイジングリテラシーを高めること」の2点が重要だという仮説を立てていました。

――今回の調査内容についてお聞かせください。
 
北原菜由香(以下、北原):今回の調査は、先の仮説に基づきつつ、高齢者の孤独・孤立の実態を明らかにすることを目的に実施されました。ちなみに、孤独は本人が望む社会的なつながりを得られていないと“主観的”に感じる状態、孤立は他者との接点が物理的に乏しい“客観的”な状態をそれぞれ指します。
孤独・孤立は高齢者の生活機能や精神にも影響を与えるだけでなく、適切な支援を受けることも困難にします。私たちは「豊かな老い」を実現できる社会構築に向けた適切な打ち手や戦略を考えるために、この孤独・孤立に着目することにしました。

――日本における高齢者の孤立は、現状どのくらい深刻化しているのでしょうか。
 
田立紀子(以下、田立):日本における一人暮らしの高齢者は年々増加しており、すでにその1~2割は孤立状態にあるとされています。また、単身世帯の会話頻度について、日本は欧米と比較して「ほとんど(会話)しない」と回答する高齢者の比率が高いこともわかりました。こうしたデータから、孤独・孤立はすでに広がりつつある問題なのだということがわかります。

調査で明らかになった孤独・孤立の多様性と要因

――実際に調査してみてわかったことを教えてください。
 
北原:調査を通じて、多様な孤立が見えてきました。レポート内では性別や生活条件、健康状態などから孤立者のタイプを分け、その特徴や傾向を示しています。

一例として、住まいが都市か地方かによって、孤独・孤立の在り様は大きく変わります。都市部では家族同士の集まりや、ご近所付き合いの機会が少なく、孤独を感じる高齢者が多いです。一方、地方では移動手段の制約上、人との接点どころか買い物や通院すらままならない、物理的な孤立が深刻化しています。

また、孤独・孤立に陥っている人の中でも、自らの意志によって人との接点を絶つ人や、人や社会とのつながりはあるが内面で孤独を感じている人など、実態の把握が困難な人々が一定いることも、重要な点です。行政の制度や支援につながらない高齢者をとりこぼさないよう、“網目”を張り巡らせるような社会システムが必要だと考えられます。

田立:一方で、社会や人とのつながりが強ければ強いほどいいのかと言えばそうではないことも、調査からわかったことです。家族であれ、近所であれ、つながりが一定の強度を超えると、逆にストレスを感じる方が増えます。だからこそ、ほどよく緩やかなつながりを構築していくことが重要であり、心地良いつながりの強度は人それぞれということも意識しなければなりません。

――孤独・孤立を引き起こす要因については、どのようなことがわかりましたか。
 
北原:調査結果を紐解いていくと、高齢者の孤独・孤立は、高齢者特有の問題として捉えるべきではなく、長い人生におけるさまざまな選択の積み重ねによって形成されたものだと考えられます。その様相がわかりやすいよう、調査結果やヒアリングの内容に基づいたペルソナ像を紹介し、人生の選択が老後の孤立・孤独にどのようにつながっていくのかを記しました。

若年期に発達障害を精神疾患と誤診されたことで、適切な支援を受けられなかった20代男性。自分らしく生きるために自ら孤立を選ぶ30代女性。仕事中心の人生を送ってきたため家族や地域の中に自身の居場所を見つけられない60代男性。

いずれのケースにおいても、高齢者の孤独・孤立の背景には、時代やライフスタイルの変化も色濃く反映されています。特に地方から都市部へ就労後、就職氷河期や非正規雇用の浸透などの要因によって、社会的に弱い立場にありながら地域とのつながりも断たれてしまった人が一定数いるのが現状です。

高齢者がGiveできる場をつくる――民間企業ができること

――そうした孤独・孤立に対して、どのような打ち手が考えられるのでしょうか。
 
工藤:今回のレポートから見えてきた実態を改善していく鍵となるのは、高齢者を支援を受けるだけではなくGiveする存在であるという考え方だと思います。

日本は他国に先駆けて高齢化に突入したので、高齢者ケアの分野でさまざまな試行錯誤を重ねてきた先駆者だと思います。その結果、高齢者にGiveするのではなく、高齢者がGiveできる……つまり高齢者の皆さんが地域の人々を喜ばせる機会こそが重要だという考え方が広がりつつあります。例えば、地域のお祭りで演奏をしたり、施設で出される食事の料理を手伝ったりと、たとえ認知症の方々でもできることがあります。

何かをやって“あげる”のではなく、一人ひとりの可能性を引き出して、社会における位置づけを変えていくような意識を持つことが大切ではないか。そうすれば、高齢者の皆さんは社会への貢献を通じて人々とつながり直せるし、サポートを受けるためだけではない、自分らしい人や社会とのつながり方を選ぶことができるということを今回の調査で様々な事例を通じて学びました。

――投資の観点で注目している取り組みや事業領域はありますか?
 
北原:注目しているのは、身元保証・見守りサービスなどの事業領域です。高品質なサービスを維持できる仕組みを作れば全国に展開できる可能性があり、スタートアップ投資が有用な分野だと思います。

また、個人的に面白いと思ったのは、地域の人口当たりの図書館の蔵書量と要介護者の数が、負の相関にあるというデータです。あくまで相関関係なのですが、図書館が充実していると、人がいる場所に通う習慣が身につき、緩やかなつながりを得つつ、身体活動も増加するというメカニズムがあるからかもしれません。自然な形で人との接点が保たれる図書館のようなサードプレイスづくりは、さまざまな要因で生じる孤立を防ぐ効果があると思います。

田立:神奈川県の「あおいけあ」や、福岡県の「うきはの宝」は、高齢者がGiveできる存在であることを自ら認識し、その力を発揮できる仕組みを作っている好例です。こうした高齢者の日常生活の中にケアを溶け込ませる仕組みは、行政の力だけではなかなか形にできません。

高齢者がGiveできる場づくりは、高齢者の皆さんが自らの尊厳を保ちつつ、存在意義を確かめることにつながります。しかし、その一方で、「自分が利用されている」、あるいは「誰かから支援されている」と感じさせてしまうと、反発や意欲の低下を招きかねません。あくまで自然な形で、誰かから感謝されるような機会をつくる……これはかなり難しいことです。だからこそ民間企業のテクニックを生かし、サービス化することが期待される分野だとも思います。

――投資家や企業に伝えたいメッセージをお聞かせください。
 
工藤:「高齢者の孤独・孤立」というテーマを聞くと、多くの方は政府や非営利セクターが扱うものだと思われるかもしれません。しかし、SIIFは経済活動によって社会のシステムチェンジをもたらすことを目指す立場として、このテーマに対して民間企業の力が発揮されることの意義や可能性を、改めて強調したいです。

公的機関が提供する高齢者向けの孤立対策や支援は、生活の延長線にない、特別なサービスという形で設計される傾向があると思います。いわゆる「高齢者サロン」はその一例ですが、これまでの生き方から孤独・孤立を形成してきた方々が、サロンのような集まりに行きたいと自ら思えるかというと、必ずしもそうではないことを想像しやすいでしょう。むしろ「行きたい」と思える人は、他者と接点をつくることに抵抗がないので、孤独・孤立に陥らない人生を送ってこられた人と言うこともできます。

つまり非日常なサービスは、ほんとうに孤独・孤立状態にある人のもとには届きづらいのです。支援が必要な人ほど孤立に陥りやすいということも併せて考えると、食事、掃除や洗濯、買い物、家での娯楽など日常生活に溶け込むケアを設計していくことが重要になってきます。こうした「普通の日常生活」は公的機関や非営利セクターではなく、一般的なビジネスの方がアクセスが容易です。生活の延長線上で高齢者が自らの価値を発見し、社会と緩やかにつながる場を設けていくことが、高齢者の孤独・孤立を防ぐことにつながります。

システムチェンジを目指す投資家の皆さんにおいては、新しいサービスに資金提供をする立場にとどまらず、企業が持つ既存の製品・サービスを活かして「高齢者の孤独・孤立を防ぐ」という新たな価値を見出し、企業に働きかけることもできると思います。

日本は共同体の中で個性を埋没させる文化が根付いた国であり、家族という単位が前提となって現行の高齢者ケアに関わるシステムが設計されてきました。しかし、個人の選択の自由が増えて、単身世帯の比率が急増し、家族や人生設計に対する考え方が多様化しつつある今、その前提は大きく変わりつつあります。顕在化した孤独・孤立という問題は、私たちが獲得した自由の副産物でもあり、旧来の強い共同体に戻すことが解決策とは言えないと思います。

私たちは今、「自由」を維持しながらも健やかな心身を支える「つながり」を保つ、新たな社会モデルを構築すべき局面に立たされています。この課題の解決に挑むことは、社会の持続可能性を高めることでもあると、私たちは考えています。

『「豊かな老い」の実現に向けたリサーチ 他者とのつながりの中で いかにいきいきと年を重ねるかー持続可能な支援に向けた投資の在り方』

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