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受け取る器が追いつかないまま大金を持つと、お金は豊かさより怖さを増やす

大金が入れば、人生は楽になる。

不安は消えて、好きなものを買えて、少しくらい嫌なことがあっても「まあ、お金はあるし」と笑える。

そう思う人は多いと思います。

私も、お金は多ければ多いほど、人を自由にするものだと思っていました。

けれど、ある人を見ていると、どうやらそれだけではないらしいのです。

その人は、まだ若い頃に父親を亡くし、遺産として数千万円という大きなお金を受け取りました。

大金を扱った経験もほとんどない時期でした。

ましてや、父親を失った悲しみを整理する時間もないまま、突然、人生で見たこともない金額が手元に置かれました。

これは、願望実現の話ではありません。

父親の死を、引き寄せや本人の願いと結びつけるつもりもありません。

そんな単純な話ではない。

ただ、結果だけを見れば、その人の手元には大金が残りました。

それでも、本人が受け取った感覚は、豊かさとは遠いものだったのです。

※個人が特定されないよう、一部の状況や表現を調整しています。

お金はあった。でも、どう受け取ればいいのか分からなかった

数千万円という金額があれば、しばらく生活には困りません。

将来のために残すこともできる。

家を買う頭金にもなる。

勉強や仕事に使うこともできる。

けれど、その人には、それをどう扱えばいいのか分かりませんでした。

使えば、父親が残したお金が減っていく。

残していても、その金額を見るたびに父親の死がついてくる。

喜んでいいのかも分からない。

大事に残すべきなのか、人生を楽しむために使うべきなのかも分からない。

お金はあった。

でも、そのお金を受け取った心の置き場所がなかったのです。

その人は大金を受け取ったというより、まだ扱い方を知らないまま、大金を預けられたのかもしれません。

ゲームの中では、お金を使うほど強くなれた

その人が大きくお金を使うようになったのは、ゲームへの課金でした。

最初は、欲しいアイテムを手に入れるためだったのだと思います。

少し課金すれば、強い装備が手に入る。

強くなれば、他のプレイヤーに勝てる。

さらに課金すれば、もっと上へ行ける。

現実では、父親を失い、自分の気持ちも将来も分からない。

けれど、ゲームの中では、お金を使った分だけ結果が返ってきます。

強い。

勝てる。

目立つ。

周囲から一目置かれる。

ゲームの中で一番強い状態にいることが、その人にはとても気持ちよかったそうです。

もちろん、本人が当時どう感じていたのかを、私がすべて分かるわけではありません。

ただ、私にはこう見えました。

その人が買っていたのは、ゲームのアイテムだけではなく、「自分は強い」と感じられる時間だったのかもしれません。

現実で失ったものは、お金を払っても戻りません。

でも、ゲームの中なら、課金すればすぐに強くなれる。

悲しみも、寂しさも、自信のなさも、一時的には見えなくなる。

その即効性は、当時のその人にとって、あまりにも強かったのだと思います。

数千万円のほとんどが、ゲームの中に消えていった

課金額は少しずつ増えていきました。

一度強くなると、その立場を失うことが怖くなる。

新しい装備が出れば、手に入れたくなる。

他のプレイヤーが追いついてくれば、さらに課金したくなる。

現実のお金は減っている。

それは本人にも分かっていました。

けれど、ゲームの中で弱くなることの方が怖かった。

気づけば、数千万円あった遺産のほとんどが、ゲームへの課金に消えていました。

普通なら、そこで終わると思います。

お金がなくなれば、課金も止まる。

でも、止まりませんでした。

数千万円がなくなった時、終わったのはお金の方で、欲求の方ではありませんでした。

一度手に入れた強さ。

周囲より上にいる感覚。

自分は特別だと思える時間。

それを失うことができず、今度は借金をして課金するようになりました。

やがて返済が難しくなり、最後は、借金を整理することになりました。

父親が残した数千万円はほとんどなくなり、その後には借金と、自分への強い後悔が残りました。

大金が人を壊したわけではない

この話だけを見れば、

「ゲームに課金するから悪い」

「若いうちに大金を持つものではない」

「本人の意思が弱かった」

そう言いたくなるかもしれません。

でも、私はそれだけではないと思っています。

遺産が悪かったわけではない。

ゲームそのものが悪かったわけでもない。

大金を持った瞬間に、その人が急に別人になったわけでもありません。

父親を失った悲しみ。

まだ若く、大金を扱った経験がほとんどなかったこと。

自分の価値を感じたい気持ち。

現実から少し離れたい気持ち。

そうした内側のものが、大金によって一気に表へ出てきた。

ゲームの中で強さを買える間は、その悲しみや不安を一時的に見なくて済んだのかもしれません。

大金は、その人の内側にないものを作るのではなく、すでにあるものを大きく見せることがあります。

受け取る器とは、お金を持っていても自分を見失わない力

スピリチュアルの世界では、「受け取る器」という言葉がよく使われます。

少し怪しい言葉です。

いや、かなり怪しいんですけどね。

ただ、この話を考える時には、妙にしっくりきます。

受け取る器とは、大金を引き寄せる力ではありません。

高収入になることでもない。

お金を持っていても、自分を見失わない力です。

使う時も、残す時も、少し立ち止まれる。

寂しさを埋めるためだけに使わない。

誰かより上になるために、使い続けない。

お金が減っても、自分の価値まで減ったとは思わない。

困った時に、誰かへ相談できる。

そうした心の余白まで含めて、受け取る器なのだと思います。

この記事でいう「受け取る器」は、以前書いた「受け取り波動」を、お金を持ち続けて扱う力まで広げたものです。

受け取る瞬間だけではなく、受け取った後にどう持つか。

どう使うか。

どう残すか。

そこまで含めて、豊かさを受け取る力なのだと思います。

数千万円という水が突然注がれても、器の大きさまで同時に変わるわけではありません。

受け止めきれなければ、豊かさになる前にあふれてしまうことがあります。

大金は、不安を消すとは限らない

私たちはつい、

お金があれば不安が消える。

お金があれば自信がつく。

お金があれば人生を変えられる。

そう考えます。

確かに、お金で解決できる問題はたくさんあります。

生活を守る。

選択肢を増やす。

時間を作る。

必要な助けを借りる。

そういう力を、お金は持っています。

でも、不安を抱えたままお金だけが増えると、その不安を埋めるために、さらにお金が必要になることがあります。

失いたくない。

もっと上に行きたい。

一度手に入れた生活や立場を落としたくない。

周囲より弱くなりたくない。

お金が安心を増やすのではなく、失う怖さを増やしてしまうこともあるのです。

大金を願うなら、その先の自分まで考えておく

大金を願うことが悪いわけではありません。

お金が欲しいと思うのは、自然なことです。

ただ、金額だけを願う前に、一度考えてみてもいいのかもしれません。

そのお金で、本当は何を感じたいのか。

安心したいのか。

自由になりたいのか。

誰かを見返したいのか。

自分の価値を証明したいのか。

寂しさを埋めたいのか。

引き寄せたいものが大きくなるほど、入ってくるものだけではなく、受け取る自分の状態も無視できなくなります。

金額だけが先に大きくなっても、心が追いつくとは限らないからです。

日常のお金の使い方にも、受け取る器の状態は出ます。

臨時収入が入ると、すぐに使いたくなる。

落ち込むと、買い物や課金が増える。

高いものを持つことで、自分の価値を感じたくなる。

貯金が増えても、安心できない。

人から奢られると、なぜか落ち着かない。

当てはまるからといって、豊かさを受け取れないわけではありません。

ただ、お金に少し多くの役割を背負わせているのかもしれません。

安心。

自信。

承認。

寂しさ。

自分の価値。

本来なら、お金だけでは支えきれないものまで、お金に任せようとしているのかもしれません。

豊かさは、お金が入った瞬間には始まらない

数千万円が入ったことと、数千万円分の豊かさを受け取れたことは、同じではありません。

大金は、人の人生を助けることもあります。

選択肢を増やし、時間を作り、守りたいものを守る力にもなる。

けれど、心がまだ追いついていなければ、隠れていた悲しみや怖さまで大きくすることがあります。

だから願うなら、金額だけではなく、

そのお金を穏やかに持てる自分。

気持ちよく使える自分。

減っても、自分の価値まで失わない自分。

困った時には、誰かへ相談できる自分。

そこまで含めて願ってもいいのだと思います。

豊かさは、お金が入った瞬間ではなく、そのお金を安心して扱えるようになった時に、初めて始まるのかもしれません。

お金を受け取る前に、なぜ内側の力みがゆるむ必要があるのか。

「受け取り波動」については、こちらの記事でも書いています。


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