自分を信じられているか
「私は相手を信じている」
という感覚に疑問を持っていた。
本当に信じているのだろうか────
相手の行動を見て
相手の言葉を思い出して
私は「信じている」と思っている。
でも想像の中や、再会のあとに揺れる
自分が居る────────
なぜ、こんな風になるんだろう。
────────────
自分と対話していく中でふと気づいた。
揺れているのは、
〝相手への信頼〟にではなく、
信じている〝自分〟への〝自信〟が
揺らいでいるんじゃないかと────
もしも不安な想像が起こったら?
もしも私が相手を見誤っていたら?
相手を失うことは寂しい。
相手を失うことは悲しい。
この感情はある。
でも、それ以上に恐れているのは
相手を失うことではなく、
信じている自分を疑うことの方が
より大きな恐れだと気づいた。
この感覚を知って
私は〝愛の向け方〟が変わったような
気がする。
〝信頼〟は
相手に向けるものではなく
信じている自分を信じてあげる事だと。
たとえ、その信頼を失う時が来ても
私は何度も立ち上がってきた。
そこにも自分への信頼がある。
〝信じる〟とは
自分への覚悟を引き受けること。
私は私の感覚を選ぶ。
それが自己信頼に繋がっていくような
気がする。
〝自分を愛すること〟は
自分の感覚を選び、信じてあげること。
この愛おしさを
他人任せにはしない。
今日も私は私を選ぶ。
