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懐かしい映画からの気づき

数十年ぶりに
「愛がこわれるとき」を観た。
(ジュリアロバーツ主演)
昔観た時の感覚とは違うのかな?
という期待も込めて──────

昔観た時は、単に
「怖い人😱」
「終わって良かった」
「ジュリアロバーツ可愛いなぁ🥰」
こんな見方をしていただけだった。

それから様々な経験をしてきた私は
やはり感想も変わっていた。
「愛とは何か」を考えさせられた。

この映画は
愛に見えて、実は執着。

「執着は2人を苦しめ滅ぼす」

ということ。

一見、優しくされると
「愛されている」と感じる人も
多いかもしれない。
でも優しさは、それっぽく見せることができるし、演じることもできる。

愛は感じるもの。
そして「在り方」だと思う。
演技は続かない。
無意識に出るものだから────

そして一番厄介なものが
「執着」
これも一見、〝愛〟に見えてしまう。

実は自分を縛って、相手のことも
コントロールしようとするロープ。
そして、その執着が
疑念
嫉妬
憎悪に変容していくのだと感じた。

「執着」は自分で気づかなければ
そのロープを緩めることができない。
ただ、それに気づけた時、
自分を責めるのではなく

「それだけ本気だった」

と認めてあげればいいのだと思う。

ロープを締めるのではなく
緩める選択をする────
それがきっと
心地よい愛の温度が
保たれるのだと思う。

ここ数年の自分との対話で
ここまで深く映画を観て
感じ取れた自分にも驚き。

これからもロープを緩め、
「愛」は「している」ものではなく
〝その状態であること〟に磨きをかけ灯をともしていこうと思う。


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