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みんなの黙示録

前回約束したとおり、今回は黙示録について書く。いつも通り、さまざまな話を組合せながら進めていくつもり。

男性は政治や戦の話が好きだろうか。女性はやはり恋愛の話が好きだろうか。どちらも入れてみよう。笑い話・音楽・マンガ・食事・動物なども。最後まで読み続けられるよう、工夫してみる。

がんばって読んでほしい。


エーゲ海のパトモス島には、ヨハネが幻視を得て黙示録を書いたとされる洞窟がある。付近に聖ヨハネ修道院と黙示禄教会もある。

土地について紹介してくださっている文章と、アポカリプスの洞窟の内部を見せてくださる動画をお借りする。

『ヨハネの黙示録』の成立は、96年頃(ドミティアヌス帝時代)であるという見方・69年頃(ネロ帝時代)であるという見方が、主にある。

黙示録について学ぶと、小アジアでキリスト教徒の迫害があったことがうかがえるのだが。ネロ帝時代、それはローマ周辺にとどまっていた。小アジアにも拡がっていたのはドミティアヌス帝時代だ。このことが96年説を補強している。

歴史的に見て。キリスト教徒は、迫害される経験と容認される経験とを繰り返してきた。

大きな迫害のあった年として知られているのが、64年と303年である。先がネロ帝の・後がディオクレティアヌス帝の勅令によるもの。

以前から303年の方しかとりあげていないのには、理由がある。64年の方には、また別の語るべきことがあるからだ。後で詳しく書く。


ネロやディオクレティアヌスなどのローマ皇帝らが誕生する前・ローマが帝国となる前から、見てみよう。

紀元前。独裁的だった王たちに反抗するかたちで、古代ローマに共和政という政治体制が生まれ、元老院という議会などがつくられた。

元老院議員の座は上流階級が独占・民会と元老院の権力には差がありすぎと、じゃんけんのようなバランスには程遠かったが。平民のみで構成される平民会・平民会が選出する護民官ができてからは、区ごとの投票など、市民が政治に参加するというのが名ばかりではなくなった。

中世に入っても、現代と比べたら人権のじの字もなかったのだから。古代でこれはすごいことだったと、私は思う。また。遠い昔の異国のことでも、私たちがあーねと思えることはある。

貴族と平民のせめぎあいに見えて/見せかけて、特権階級どおしのいざこざなだけ。とか。

祖先に顕職者をもたずとも出世をとげたキケロ。
とても聡明だ。

シリアスな場面で吹きそうになる小さなことが起こる。とか。

「しかも俺の姉ちゃんかよ!!」おもろすぎる😂

強大な力をもつようになり、元老院を自分のミカタでうめつくそうとした、ユリウス・カエサルという執政官は暗殺された。彼と対立していた政務官や元老院議員によって。

「カエサル将軍」なら聞き覚えがある、という人が多いのかもしれない。執政官は、政務官の中から最大2名まで選ばれる。平時は内政の最高責任者・戦時は軍の最高指揮官。戦場にもおもむく。

彼はガリア(現在のイタリアやフランスあたり)を征服した。当時のローマにとって最大の単独の領土拡大だ。彼は軍団を率いて、決してしてはいけないことをした。ローマへ進軍したのだ。内乱勃発。

カエサルは王のようになった。元老院議員の一部は、共和制を回復するために、彼を滅したのだ。暗殺の中心人物となったのは、約500年前に王を廃位したブルータスの子孫だった。

ドラマティックだよね。

『新世紀エヴァンゲリヲン』に出てくる3本の槍だ。
絶望の槍ロンギヌス・希望の槍カシウス・新生の槍(ありのままの槍)ガイウス。

次に権力をにぎった彼の養子のオクタウィアヌスは、養父と同じ運命をたどらないように元老院を尊重した。

それでどうなったのかと言うと、彼は初代皇帝になった。共和政は終わり帝政になった(ローマ帝国)。元老院は存続した。

えーって感じだよね。

(冒頭で解説した)ディオクレティアヌス帝時代には、専制君主制がはじまった。帝政前期にはまだあった共和政的要素もなくなり、皇帝は神格化されていった。


元々、ローマ人は、ギリシャ神話に地域伝来の神話をかけあわせたものを好んでいた。特定の神でなく神々スタイルだった。ローマが帝国となってからも、領土内にはさまざまな宗教が存在していた。

現代のパレスチナとイスラエルにあたる地区に設置されたローマ帝国の属州、ユダヤ属州。そこでユダヤ人に信仰されていた宗教、ユダヤ教。

ユダヤ教徒に対してそうであったように。はじめ、ローマ帝国は領内のキリスト教徒にも寛容だった。

部分Aや部分Bが組織化すること(分離)は、悪いことではないように見える。多少の衝突も、多様性を組織化する手段・調停の0段階などと言っていいように思える。

だが。たとえ、その後におとずれるフェーズ:混合があろうとも。秩序の覇権をめぐる対立が繰り返される中で犠牲者が出すぎることは、大問題だ。警告に値するだろう。(権力が暴走すると世界に二度と消えないほどの傷跡が残る)

こちらからお借りした。

奴隷も信者として同等に集まりに参加できたこと(前述したように、フォロワーを増やしたいからというのもあったろう)は、キリスト教が危険な宗教とみなされるようになったきっかけの1つだった。社会秩序を乱すのではないかと。

マクロな話、互いに指摘しあうものだ。うちは良い・よそは悪いと。ギリシャ語の orgia を、土着の宗教的な祭りから異常な乱交を表す用語に変えたのは、キリスト教だし。

力の強い方や多勢な方に寄っていくというのも、よく見られるパターンだ。排除や攻撃をされないよう、私たちはあなたたちに似ているとアピールするのだ。

再度、この過去回より。

4世紀初頭に皇帝となったコンスタンティヌス1世(元老院が彼に与えた称号はマクシムス)が、313年に事実上キリスト教を公認し、キリスト教徒への迫害を終わらせた。

価値のない硬貨をつくりすぎたことに端を発したインフレや、征服した多くの土地を守るために必要とされたコストなど、あらゆる問題からローマ帝国が弱体化しつつあった中。キリスト教会はその権威を増していた。彼が、キリスト教に改宗し・初のキリスト教徒のローマ皇帝になった理由は、なんとなくわかるだろう。


生存戦略。ここまで書いてきたどの側面にも、これが見受けられる。

迫害されては容認され・迫害されては容認されーーを繰り返す間に幾度も、キリスト教教義が空中分解しかけ・キリスト教徒らの信仰心が失われかけたことは、想像にかたくない。

思想も「生き残りたがって」もがくかもしれない。


1世紀に存在したこれから書いていく各教会でも、信徒らの信仰の本質はゆらいでいた。

もし、イントロの後にここから書きはじめていたら。なぜゆらいでいたのか、という話はできていない。

それでは、ミギー先生が説いたような意味あいで、情報は永遠に記号的なもののままだ。

深く学ぶことを推奨するのかしないのか、わからないようなことを言うけれども。私には、自分さえ気に入る自分になれれば一生気分よく生きれるのだと思って、疑わなかった時期があった。よその教育を受けて・また別のよそで暮らして、戻ってきた。予想(期待)に反して、あたまの中やこころの中が変わり者になることとは、孤独になるということに近かった。(私も今、数の力の話をしているのがわかるだろうか)すると、もう、精神的孤独をリラクゼーションあつかいして生きていくようになる。まわりとうまくすごすための自分を別にこさえて、やりすごしながら生きていく。セルフ救済みたいなね。

子羊は今回のキーワードの1つだ。

自分の話をしすぎた。どうせ全てを話すこともうまく話すこともできないのだから、自分のことを書くのが一番苦手だ。

このMADよかった。私がこの作品で好きなキャラクターは田宮良子だ。

前回、こんなことも書いたが。「田宮」と「神永」は部分的に似ている。

この種を食い殺せと書かれた教科書をもって生まれた生物が、不安そうな様子も見せずに、その種に我が子を託して逝ったのだから。

努力 未来 Beautiful星 なんだね。

話しても明らかに通じない相手に、なぜ言った。私が思うに、これは会話ではない。彼女の独り言 = 静かな宣言だ。

本人的に、悪くない終わり方と終わるタイミングだったのだろう。


アルファでありオメガである・始まりであり終わりである神から、ヨハネへ幻として与えられたという内容が、7つの教会:エフェソ・スミルナ・ペルガモン・ティアティラ・サルディス・フィラデルフィア・ラオディキアへ手紙で伝えられた。「警告」とともに。

エペソの教会には、使徒だと自称しながらそうでない者たちに対する警告が。スミルナの教会には、ユダヤ人だと自称しながらそうでない者たちに対する警告が。ペルガモンの教会には、異教の神の崇拝者に対する警告が。テアテラの教会には、預言者を自称するイゼベルという女に対する警告が。サルデスの教会には、正しい道を歩み続けるようにという警告が。フィラデルフィアの教会には、(また)ユダヤ人だと自称しながらそうでない者たちに対する警告が。ラオディキアの教会には、生ぬるい信仰についての警告が。それぞれ送られた。

黙示録が書かれた頃すでに、ペルガモンは「サタンの座があるような環境」だったと。バラムの教えに影響される人々が出てきたとか。

バラム:『悪魔の偽王国』で62番目に記されている悪魔。

40以上の軍団を率いている。過去現在未来の事柄について完璧な答えを与えてくれる(あやしい)。人を透明人間にしたりしてくれる(超あやしい)。

ラオディキアの教会だけ、信仰が生ぬるいだなんてキツい物言いをされてない?他に比べて足りていなかったと言うよりも、「熱くもなく冷たくもなく生ぬるい」状態だったそう。

あーね?これを聞かせる感じね?

サルデスの教会はもっとキツいことを言われた。「死んでいる。目を覚ませ」😂そういう子たちには、うらみちお兄さんでも見せようか。

ディオクレティアヌス帝時代には、スミルナは皇帝崇拝の著しい土地となった。皇帝礼拝に参加した証明書がないと、職につけなくなったり。「皇帝の神格化」というのを思い出してほしい。嫌な神だよね。


やっと黙示録の話がはじまったと思った人は、黙示という言葉の意味の1つをわかっていないのかもしれない。複数の異なる意味のある言葉で、そうなりがちだと思う。一応、ずっと黙示的な話をしている。で、黙示的な話を続ける。

このあたりで、後で詳しく書くとしていた話をしよう。

映画『グラディエーター』は、16代皇帝アウレリウスが嫡男コンモドゥスに暗殺された、という説を採用している(創作なのだからなんらかわまない)。コンモドゥスはネロと並んで悪評高い皇帝ではあるが、この先帝暗殺説は否定されている。アウレリウスは戦地で病死したのだと。

ローマ皇帝の中で最も物議をかもしてきたのは、ネロだろう。名君が暴君に豹変したように見えるのはなぜか・彼の悪評は元老院議員によるプロパガンダからきたのではないか、など。

初代ローマ教皇はネロによる迫害で殉教した、という説がある。

教皇リストの一番上、ペテロだ。
ローマ教会の構成人数が数十人(?)程度だった頃。

確証はなく伝承によるとだが。67年にネロによって逆さ十字にかけられたと。

ローマの大火(首都の大部分を破壊した壊滅的な出来事)の後、ネロの指示でなされた被災者らへの救済は人々から賞賛されたが。この大火自体、街を自分の好きなようにつくりかえたかったネロが起こしたものだったのではないかと。当時の文献に、そのような疑惑がわいていたことが記されている。


これに関して、掘り下げてみよう。

ネロとローマの大火についてなんて知っているよ、という人へ。オリジナリティーある書き方を目指してみるから、つきあってほしい。

火災発生時、彼は海辺の別荘でくつろいでいたと。ローマから約50km離れたところにあった別荘だ。これが真実でないとしても、皇帝自ら放火はないだろう。変装でもして市中へ出て行くのか。こっそりぬけ出すことも難しい立場だろ。よって、これはほぼ意味のない情報だ。

カッシウスの『ローマ史』に、「ネロは人を使って、いくつかの地区でひそかに火をつけさせた」とある。それならわかる。

報せを聞き急いで戻ったネロは、公共の建物のみならず私有の庭園も避難所として開放した。後々、私財で復興支援もした。などと言われている。専門家が研究してきて信ぴょう性が全く~ほぼないのであれば、今までに否定されているだろう。かと言って、私的には、じゃあネロは悪くなかったんだと思いきることもできない。もっと何か、自分でイメージしても「あーね」となるような情報がほしい。

私の感覚だが、こちらはかなりきな臭い。「都市が燃えさかる中、皇帝は宮殿の安全な場所からその様子をながめ、竪琴を奏でていた」(神話系の歌を歌っていたというバージョンもある)ーーあまりにも出来すぎた話である。直後なり後々なり、皇帝をおとしめたい者たちがでっちあげたのだろうと、これには強く感じる。

どんなだよ。マンガかよ。

罪を他になすりつけるのに話を盛りすぎて、むしろ疑われるきっかけになる。小学生の頃の私と同レベルのヘタクソっぷりだ。学校をサボった日、父親に、〇〇〇〇(フルネーム)と一緒に何々して〜と話してしまった。さあちゃん学校行った?と聞かれた。しくじった。フルネームはおかしかった。

ネロは大火後、壮大な建築プロジェクトに着手した。

【ギリシャ建築にあこがれる皇帝、ローマをフル・リニューアルか。元老院あきれかえる】現代のニュースの見出しか、と言うくらいリアルにイメージできるが。

「考古学的視点から探る限り、極めて有能な君主だったと推測できる。再度起こるかもしれない災害にそなえた、合理的な都市計画を彼は実行していた」現代の研究者がこのように述べている。個人的な趣味のために焼け跡に黄金宮殿を建てたーーというような話も、今は半分否定されている。皇帝の像が正面にあっても・ギラギラに飾りたてられていても、プライベートな物ではなく公共の物だったと。

だとしても。再建設ラッシュやその贅をつくした建物は、元老院を含む政敵の怒りを買った。一体いくらかかると思っている!系か、我々をさしおいて好き勝手やりおって若造が!系でしょ。昔も今も同じだ。つぶしにかかるだろう。

こんな感じになったらしいよ。すごいね。

つまり。ネロが自分のしたいことのために災害という悲劇を利用したのだとして、元老院たちもそれと同じことをしたわけだ。そして。ネロも、自分が人にやられて嫌だったことを自分は人にやった。

スケープゴートを見つけなければと思った彼は、キリスト教に目をつけた。当局から厄介者や脅威だとみなされていた新興の不人気な宗教宗派を、犠牲にしようと決めた。

キリスト教徒らはローマ全体に対する罪を犯したとされ、大量に逮捕され・十字架につけられ・獣に喰わされ・生きたまま焼かれた。

だが。これもまた誇張して伝えられているのかもしれないという点には、留意せねばならない(情報が細かくて多い303年の様子ならまだしも)。キリスト教が台頭して、過去のネロをどうあつかうと思う。

ポンペイなどから出土した庶民による落書きの類から、ネロの大衆人気の高さがうかがえるそうだ。タキトゥスなどが記した彼の人物像とはかなり異なる。公的な記録の方がよほどあやしいというのは、状況によってあり得ることだが。一般人と関係者が知っている情報には差があるというのも、じゅうぶんにあり得ることだ。

本当に人気があったとして。その理由の方に、より着眼する意味がある。彼は下層中産階級を優遇する政策を展開していたのだ。少なくともその間、上流階級とは対立したに決まっている。(貴族と元老院の関係は先述した)

その頃の情報の多くは、元・元老院議員のタキトゥスが残したものだということも、重要な事実だ。

偏りのない歴史家などいない。目的を全くもたないことも偏見を全くもたないことも、誰にもできないからだ。そういう意味では、タキトゥスは別に悪くない。


ネロとローマの大火の話・獣の数字666の話もなさっている動画をお借りする。

本題はタイトルとは真逆で(そういう見出し手法だからね)、私がいつも書いている大テーマに近いお話だった。


それでも。私も、ネロが名君だったとは思わない。

彫刻から想像されるネロの顔。

母親が前皇帝を暗殺して、17才で即位しただとか。幼い頃から家庭教師だった人で一番の側近だったこともある人が、クーデターの協力者リストにいただとか。波乱万丈すぎる人生だが。精神がぶっ壊れても仕方ないと思うが。

ネロは、母親や近しい人たちを含めた大勢を殺した。わけのわからぬ奇行も目立つようになった。

セネカ「弟と母を殺し妻を自殺に追いこんだ彼にとって、残る殺す相手は師だけだろう」

『セネカの死』ルーベンス
すでに手首かどこかを自ら切っているのに、さらに毒を飲まされ熱湯に入れられているところだそう。

幼少期からずっとめんどうを見てきた子に、確たる証拠もなしに自害を命じられた時、彼は何を想っただろう。

「演劇に言えることは人生にも言える。重要なのは上演時間の長さではなく、演技の良し悪しだ。どこで止めるかは問題ではない。好きなところで止めて、最後のシーンが素晴らしいものになるようにすればいい」と言っていたセネカは、何を想っただろう。

ネロも30才で自害。


重要なポイントの1つとして。歴史を記すのは勝者であることを忘れてはならない。

ネロは、確固たる権力をもつ元老院エリート層との戦いに敗れ。数世紀後、はるか昔に亡くなった皇帝であるにもかかわらず、キリスト教徒との戦いにも敗れたわけだ。

黙示録における獣の数字666はネロをさす、というのが最も支持されている説である。

Nero Caesar = Νέρων Καίσαρ(ギリシャ語表記) = נרון קסר(ヘブライ文字)。これをゲマトリア(ヘブライ文字を数値に変換すること)すると、666になると。

そんなトリッキーに(?)考えなくとも、666は、ネロやディオクレティアヌスなのだよ。

もう1つ、重要なポイントがある。

666あつかいされたキリスト教の敵もいれば、アクロバティック擁護されたキリスト教の敵もいるわけだ。

生存戦略のあれこれ。力をもつ者が最終的に語るというのは、そうだが。さまざまな要因や人々の思惑がからまりあって、語られる内容はああなったりこうなったりする。


さて。『ヨハネの黙示録』の具体的な内容について、書いていこう。

ヨハネは、四頭(ライオン・子ウシ・ヒト・ワシ)の天の獣を見た。それぞれ6つの翼をもち内側には目が満ちている獣が、ガラスの海にある玉座をとり囲み、神を賛美していた。玉座のまわりには、まばゆいばかりの白い衣をまとった24人の長老が座り、神を賛美する歌を歌っていた。

『チェンソーマン』の台風の悪魔(ぐるぐるまわる)は、神とケルビムとスローンズがともにいるイメージから生まれたキャラかもね。

こんなだからね。すごい絵面だよね。私的に聖書はSF超大作でもある。


神は7つの封印で閉ざされた書物を手にしていた。この世の終わりについて記されている書物だ。

キリストの象徴である屠られたとみられる子羊だけが、その書物を開くことができる。(屠られたと「みられる」 = 後に復活する表現)

小羊という言葉は黙示録に29回出てくる。「もう1つの獣が地からあがってくるのを見た。それは小羊のように2つの角をもち、竜のようにものを言う」(プロパガンディストなどをイメージしてほしい)この1回をのぞき、全てキリストを表している。

キリストのイメージが子羊なのは黙示録の特徴の1つだ。

ひ、ひつじ?
よかった。私の知っている羊だ。

『黙示録の騎士』ヴィクトル・ヴァスネツォフ

第1の封印が破られると、征服や勝利を象徴する白い馬が現れた。封印が破られるたび、赤い馬(戦争)・黒い馬(飢餓)・青白い馬(死)が現れた。

「勝利の上にも、尚、勝利を得ようとして出かける」あまりいい意味には聞こえないが(主観)。別の章では、白い馬に乗り天の軍勢を率いるキリストが登場する。現実では、当時のローマの将軍は白馬にまたがって勝利を祝っていた。

神もキリストもステファノス(冠)を欲したりしないだろ。キリストからしたら、トラウマ・アイテムだろ。

再度、ユダの過去回より。

先に金属片がついたムチが使われていた。
打たれて、骨や内臓が露出する人もいた。
イバラの冠の信ぴょう性は高いと言われている。

黒い馬の騎士は秤をもっている。

「小麦1マスは1デナリ、大麦3マスも1デナリ。オリーブ油とブドウ酒とを損なうな」

『ヨハネの黙示録』にこのような不思議な表現がある理由。天なる父の御心にかなうとおりの知識を得ることが重要だと伝えるために、読んでもすぐにはわからないように封じられているのだ。(他の理由は後述する)

どういう意味?だから、こういう意味だって。

こう↓なんじゃあないの?と疑うこともよい。ペテロやトマスも疑問を抱いたりしていた。キリストは彼らをグループから追い出したりしなかった。推奨されているのは盲目的な信者になることではない。

聖書は、自分で考えて答えにたどりつくように・そういう過程が発生するように、構成されているかのような書物だ。数千年の時を経ても読まれることを見越していたように。

こちらの動画より。
このお話大好きなのだが、「おじいさんといっしょ」の‼️には吹きそうになる。勢いw

みんながいろいろと考えをめぐらせたが故、さまざまな解釈のある箇所なのだが。

「小麦1マスは1デナリ・大麦3マスも1デナリ」

1デナリは1人が1日に稼ぐ賃金。1マス(約1ℓ)は成人1人の1日分の食料。小麦で500~600gくらいか。丸1日働いて、これが1つ買えるか買えないかだね。

食糧不足や物価高騰の表現だ。

大麦なら3マス買えるが。家族をじゅうぶんに養えないことを表している。(核家族が主流な時代ではない)

「オリーブ・オイルとブドウ酒とを損なうな」

黙示録が書かれた頃、穀物は不足していたがオリーブ・オイルとブドウ酒は豊富にあったのを見て、皇帝が後者の生産を半減させるよう命じた。穀物を育てることに民を集中させるため。(ちなみに、民衆は従わなかったらしい)

などと、一般的には伝えられているが。どうだかね。

オリーブ畑とブドウ畑が増えると、オリーブ・オイルとブドウ酒の値段が下がり、既得権益を守れなくなる。おおかた、こんな感じだったんじゃあないの。

すると、こういう教えなわけだ。一部の人間の利益のために、オリーブやブドウの木々を斬ったりするな。

食糧不足や物価高騰の表現 と ぜいたく品を保ち続けろ的な言葉が並んでいることにも、納得がいくし。秤にかけて。小麦も大麦もオリーブもブドウも、大切にすべき「ぜいたくな品」だもんな。

ウクライナの小麦畑。🇺🇦は世界有数の穀倉地帯だ。

ヴェールをはがすと、そこにいたのは1頭の馬だった。漆黒の彼か彼女が、その美しさそのままに、見つめてくる。『ヨハネの黙示録』はいい作品だ。


私の好きな解釈はまだあるのだが。文字数がいきすぎてしまう。またいつか。

4世紀頃、一部のキリスト教徒たちの間で、『ヨハネの黙示録』に対する議論がまき起こった。これは難解すぎる・理解力や想像力の差から解釈がバラけすぎる・自分に都合よく解釈して道を誤る者が出るなど。

私たちが身につけている自分を守るための鎧には、世界を見るための7つの目がついていて、それはつまり7通りの見方ーーと言った人、センスが光っている。どこの国のどんな人だろうか。

これだな。

往々にして、人は自分が傷つかないことを「正解」に分類する。


第4の馬が現れれば、特権階級の特権も意味をもたなくなる。青白い馬にまたがる騎士の名は「死」。彼の前では、みな平等だ。

キーワードにつられて『Whiter Shade of Pale』を貼りたくなるところだが、『Shape of my Heart』にしよう。

と、その前に。これもまた別の大切な話だ。余談に文字数をさこう。

実は、私たちにもわかる系統の話なのだが。一般人の苦悩や葛藤とは規模が違いすぎる。Me Too と、たとえばハリウッド女優の中で言っていくのは大切なことだろう。うちらはこのレベルと Me Too じゃあない。これが私の意見。

私は、社会問題化させるはんちゅうの話をしている。特定の救世主(法律)が現れて全てをどうにかする世界では、個々人の成長する機会は減る。ある程度自ら向きあって折りあいをつけることは、生きていく上で大切なことの1つだ。

前に貼ったお借りした動画で表すと、こんな感じ。
科学的に正しくでなく幸せに生きたいから。

他先進国と比較して、こういった類のことで、日本は悪い意味で特殊・日本は遅れていると言われている。それはそれでシカトするな。あと、言わずもがな、(性)犯罪は(性)犯罪。


では、再開する。

第4の馬が現れれば、特権階級の特権も意味をもたなくなる。青白い馬にまたがる騎士の名は「死」。彼の前では、みな平等だ。

あえて、ここまで説明を入れてこなかったのだが。「Apocalypse」(語源は古代ギリシャ語)「黙示」とは。覆いかぶさっていたものをとり去り、それまで隠されていたものを明らかにするという意味だ。

僕も僕の親友も大地に根をはっていない。

私は愛か死が欲しい。

誰かに激しい恋をしている人たちなどが、より共感できるように言いかえようか。「私は愛が欲しい。さもなくば、死にたい」だ。「愛」の部分には、生きがいとなるあらゆることをあてはめていい。

過激な仕事をしているが、本人的には「熱くも冷たくもない」人生をおくっていると感じている男の前に、「死んでいる。目を覚ませ」と黙示録閃光少女が現れた。

それからというもの。男の日々の調子は狂い、仕事の危険度は増し、破滅の予感がし出す。

こなれたたとえを用いたり・大人びた口調で語ったりする少女は、男のもとを離れていってはくれないようだ。

ボニーとクライドは1人で行動しなかった。テルマとルイーズも。そして最高だった。あのね、愛を止めるものは何もないのよ、レオン。

共にすごす中で、男も少女を手離したくなくなっていった。少女がいると世界の終わりが近づくことはわかっていたが、男は運命に抗い勝つつもりだ。最後の戦いに向け、咆哮する。

君が僕を失うことはない。君は僕に人生の醍醐味(Taste for Life)を教えてくれた。僕は幸せになりたい。

英語でも日本語でも味と言う。栄養がとれれば生きてはいけるが、私たちは料理をおいしくしようとする。もうじゅうぶんにおいしいのに、プロは追求を続ける。人生もそれと同じだと大勢が思って、こういう言いまわしになったのだろうか。食事とお酒が調和して互いの良さをひき出しあうことを、フランス語の結婚で言い表したのは誰だ。いいね。

人生のオリーブ・オイルやブドウ酒やコーヒーやケーキは、やはり、損なわない方がいいのだろう。フレッシュネス・バーガーにはオニオン・フライが復活してほしいし。クアアイナのハンバーガーにはアボカドが復活してほしい。

Amen.

性別とその組合せは関係なく。「僕は君を世界一幸せにする」よりも「君がいてくれたら僕は世界一幸せになれる」の方を、プロポーズや愛の告白にオススメしたい。後者は真でありやすいからだ。

相手を幸せにできない瞬間は、おそらく誰しもにおとずれるが。ケンカになってもいいから声が聞きたいなどには、かなりの数の共感者がいるはずだ。

極端な話、ガチで幸せだと、永劫回帰(人生のあらゆる出来事が同じ順番で・永遠に・無限にくり返される)でもいいと思えるのだろう。


第5の封印が破られると、信仰の名のもとに命を落とした者たちが現れた。自分らを苦しめた者らへの復讐を叫びながら。

第6の封印が破られると、巨大な地震が起き・太陽は黒くなり月は赤くなり・星は空から落ちた。

もはや、麦畑もブドウ畑も枯れ果てるだろう。「愛か死か」選択するなどというぜいたくな行為は、もうできない。

天使たちは天から降り立ち、神に選ばれた者たちに印を授けた。これから起こる恐怖から彼ら彼女らを守るために。その印は14万4千人に与えられた。

12×12×1000 だろ。つまらない数字。orgia を乱交で定着させたように、「12は良くて13は悪い」からだろ。

こういう話↓なら、掘り下げる意味がある。

こちらからお借りした。

S/V=(πd^2)÷(πd^3/6)=6/d 球形の体積あたりの表面積は直径に反比例する。小さな球形生物は乾燥問題とも戦わねばならない。

第7の封印が破られると、天使たちはラッパを吹き鳴らした。いわば地獄が解き放たれた。

天使たちは、あらゆる恐怖と怪物を小瓶から注ぎ出し、地上に降臨させた。ぽっかりと口を開けた深淵が広がった。

私は、この「小瓶」のことを考えるのが好きなのだ。こんな怖い話なのに?と思うだろう。続きを読んでほしい。

ちなみに。皮袋では私の気分が盛りあがらないため、絶対に小瓶をイメージすることにしている。笑

(『ベルセルク』を知らない人へ。よくわからないよね。特定の作品を使って書いてごめん)

人々の絶望や言葉にできぬほどの苦しみ悲しみがつまった小瓶と、黙示録の第7の封印が破られた時に使われる小瓶とが、同じ小瓶だったらーー。このように考えるのが好きなのだ。

天使らがラッパを吹くという構図からは、メッセージが全体に広く伝えられることがイメージされる。「あらゆる国民 部族 国語 民族 に宣べ伝える」とあるし。

いよいよ、セカイノオワリ感だな。


前向きでカッコイイね。


アポカリプティック・ビーストについて。

大いなる赤き竜 = サタンが登場し。海から上がった最初の獣と、地から上がった次の獣を操った。

ヨハネは、私たちがじゅうぶんに賢ければ、この獣が誰であるかを理解することができると示唆していた。「その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である」

『The Number of the Beast is 666』
ウィリアム・ブレイク

第一の獣は、国家権力を象徴すると解釈されている。政治的・経済的な力だ。第二の獣は、偽預言者を象徴すると解釈されている。民衆が先の獣を崇拝するよう、仕向ける。

つまり。獣は獣なのではなく、サタンによって操られる人間なのだ。

「トラ」よりヒョウの感じだけれど。
1枚で解説いらず!な写真でいい😂

偽預言者は言った。右手か額に刻印(獣の名か獣を表す数字)をもたない者は、買うことも売ることもできなくなると。

みんなかぶらなきゃヤバいよ!笑

ちなみに。黙示録13章の偽預言者と申命記13章の偽預言者は、同じ行動をとる。偉大な印や不思議な行い、手品みたいなね。

みんなで歌って踊ると盛り上がるなどは、何も悪いことではない。これに負けるくらいなら負ける方が悪いと思ったりもするし、ベースに小瓶にたまった涙があることを考えたりもするし。

トランプ関税とか。アポカリプティック・ビーストが吠えているーーなどと、私はしみじみ思ったりする笑。ビーストはいていい。と言うか、私たちそれぞれの中にもビーストはいる。


このあたり、ローマを暗に意味する獣などに対して、「倒れた」という言葉が繰り返されるのだが。

文法的に未来完了形で書かれている。確実に起こることであるため、すでに済んだことであるかのように表現されているのだ。

ヨハネ、数学じゃなくて国語ならセンスあるじゃん(突然の上から目線)。ジャミロクワイみたい。


大天使ミカエルと他の天使たちが、赤い竜と戦った。竜は敗北した。

「この巨大な竜 年を経た蛇 悪魔とかサタンとか呼ばれるもの 全人類を惑わす者」は、地上に投げ落とされた。その使いたちもろとも。

新約聖書には、サタンの堕落を示唆する記述が複数ある。神の意思に忠実でないーー堕天使は興味深い存在だ。

ギュスターヴ・ドレの『失楽園のサタン』は、まるで「下界へ昇っていく」ようだ。開放感や清々しささえ感じる。自由意志説とかあるからな。

アレクサンダー・カバネルの『堕天使』は、泣いている。

彼の翼は、今にも暗い色に染まりきってしまいそう。

アナキン・スカイウォーカーに似ていると言われている。若き日のヘイデン・クリステンセン氏に、本当に顔が似ているのもあり。

私たちは皆、裏切り裏切られ失望しあい・ケンカをしては傷つけあい、果てしない罪の中に身をおいている。結局のところ、相手を責める以上に自分を責めていたりもする。そんな私たちが、彼に共感せずにいれるわけがない。それが、父に叱責され追放された地獄の王子だとしても。

ルシファーの、アナキン・スカイウォーカーの、私たちの、安っぽいプライドやくだらない意地。


暗い気持ちになってしまった人は、これを聞いて笑いなさい。和訳をつけてくださっている動画をお借りする。

考える!?考えるなんて最低最悪の手段だぞ。Just Do!

この人の Do!顔まじすこ。声出して笑った。

私は、考えることでハッピーになる・考えることで元気が出るから、考えるけれども。そのようでなかったら絶対に考えていない。

でも。デンジ系(?)なら行動をしないといけないらしい。有無を言わさず即行動!か。考えるよりも、勇気や体力がいりそうだな。

キケロが言っていた。Epistula enim non erubescit. 手紙は赤面しないからと。

最近身のまわりであったこと。20才の子が「私はメロい人に弱い」と言った。私が「深いね」と言おうとしたら。大お姉さんが人生の先輩ヅラをして「そんな男はいい男ではない」と言った。偽預言者だ。偽預言者は万人いる。私と彼女は声を大にして言いたかったが、人間関係を壊さないというまた別の大切なことのために、黙っていた。((うちらがそれを考えたことがないとでも!?))ロマンスを何だと思っているのだろうか。ロマンチックとはどういう意味だと思っているのだろうか。何にせよ、私たちがしたい話とは系統が違った。

キケロが言っていた。In virtute divitiae. 美徳の中に富があると。

もうピーナッツバター党。

ビールを飲むよりもビールを飲む友だちをながめる方が幸せ党。


獣らは滅ぼされ、サタンは底なしの穴に千年間閉じこめられた。

その後、サタンは解き放たれた。再び、「ゴグとマゴグ」を含む世界の諸国民を惑わせた。世界の意義をめぐる最後の大戦がはじまった。

まだ戦うんかーい。

みちゃみちゃやんけ。

善の勢力が勝利した。人類の死者たちは水と土からよみがえり、肉体は再生した。世界中の悪人は神の裁きを受け、火の池に投げこまれた。

善と悪の勢力による最後の戦い・死者の復活・最後の審判の後。ヨハネの預言はいきなり、恐ろしいディストピアのビジョンから詩的なユートピアのイメージへと、変貌をとげる。

悪は罰せられ善は報われ。私たちを悩ませていたものは全て消え去る。私たちが知っていた、欺瞞と欲望と苦悩に満ちた世界は終わり。全く新しい美しいものが唐突に現れる。

怖。いろいろあったけど〜じゃん。

新世界の所在地である聖都は、ガラスの海に輝く宝石で構成され。神が光を与えるため、太陽も月も必要としない。

ガラスの海なんて海じゃない。木造建築とか返して。太陽と月もほしいんだけど。

特定の救世主が突然やってきて、全部どうにかしてくれるスタイルなんて、そんな感じの仕上がりになっても仕方ないよな。メタ的な幸せ。


この奇妙な書物『ヨハネの黙示録』が、当時キリスト教徒の迫害を強めていたローマ帝国に反発し、各地の信徒らをはげます目的で書かれていたとすれば。信徒にはわかるがローマ人にはわからない、そんな工夫が必要だったはずだ。それで、黙示文学という形式をとったのかもしれない。

こちらの動画より。
私のテンションが爆上がりするタイトルだ。
読んでいないのに貼り出して申し訳ないが。

暗黙のうちに考えや意志を示すーーこちらの「黙示」の定義も、黙示録にもあてはまるということ。

長かったでしょう。おつかれさま。