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愛すべき南方熊楠

今回は、ひたすら、私の好きなある日本男児の生涯について書く。

南方熊楠(みなかた くまぐす)

24才の熊楠 (アメリカで撮影)
熊楠(左)と一番弟子の小畔四郎

南方熊楠 1867年 和歌山県生まれ。

江戸幕府は大政奉還を決意し、坂本龍馬は暗殺され、日本は新しい時代へと向かおうとしていた。そんな激動の年であった。


幼少期

6才頃から書物をもつ家々を訪ね歩き、それらを書き写すことを繰り返した。一番の愛読書は『和漢三才図会』(絵付きの百科事典)で、8才から17歳まで筆写し続けた。

そこから、動物・植物・地理・天文など多岐にわたる分野に興味を抱いた。


図書館とフィールド・ワーク

中学卒業後、上京。神田の学校(現在の開成高校)へ。世界的な植物学者が菌類を6,000点集めたことを知り、それを超える7,000点の採集を志すようになった。

その後、大学予備門へ(同級生に夏目漱石)。学校はあまり好きになれず、図書館にいる時間が長かった。独学が彼の肌にあっていたようだ。日本や西洋の書物を次々と読破し、筆写も継続した。

実地観察を好み、山や海に採集に出かけた。誰も近づかない場所にまで足を踏み入れたり・何日も学校に来なかったりしたことから、天狗にさらわれたと噂された。

代数が苦手で落第したことをきっかけに、退学。


留学

自由な学問ができると考え、19才で留学。アメリカ・キューバ・ロンドンで14年間暮らした。さらに幅広い学問を学んだ。

語学も極めて堪能で、英・仏・独・伊・スペイン・ラテン語などの専門書が読めたらしい。話したり書いたりは英語のみだったそう。となると、ひたすら辞書引きをするという努力で読めていたーーということだったのかもしれない。

酒場で交流しながらという実践的な学び方で、英語やその他言語を習得。米国人学生と乱闘騒ぎを起こし、放校処分へ。


研究

退学後、動植物の研究をしながらアメリカ大陸を南下。キューバにて、新種の地衣植物を発見。『Nature』に論文が51本も掲載された。単独名の論文掲載として、歴代最多


定職には就かず

キューバで金銭が底をつき、サーカス団へ入団。日々を食いつなぐように身銭を稼いだ。生涯、無位無冠。在野の研究者であり続けた。


あくなき探究心

粘菌研究の第一人者として知られるが、他の動植物にも鉱物にも興味があった。ありとあらゆるものを収集した。また、民俗学や精神世界にも詳しかった。性風俗も研究対象だった。

気になったものは何でも、とことん調べる人だった。熊楠は学問を「活物(いきもの)」と呼んでいた。


日本初のエコロジスト

明治政府が、神社合祀政策(神社の合併をはかったりしてその数を減らす)を行った時。歴史保護だけでなく環境保護の観点からも、鎮守の森(参道や拝殿などを囲む森)の大切さを説いた。


昭和天皇との交流

昭和天皇の行幸(各地を巡ること)で、進講(講義のこと)を頼まれた。こんなに破天荒な経歴の者が天皇に進講とは、前代未聞だったのだが。植物の研究を行っていた昭和天皇からの直々の希望だったため、実現した。

熊楠、桐箱などにおさめず。キャラメルの箱に入れて、天皇に標本を献上。


喧嘩上等

酒好きで喧嘩っ早かった。議論でもよくキレていた。

最終手段として、相手に向かって吐くという奇行をとっていた。これにはアメリカ人もイギリス人もたまらず。結果、常にケンカ相手を撃退していた。

大英博物館の図書館にて、人種差別発言をした相手に頭突き。それ以外にも暴力沙汰があり、博物館から追放された。彼の学才を惜しむ人々から嘆願書が出され、解除された。


猫大好き

動物の中で最も愛でたのはネコとカメだった。

ロンドンの寒い冬を猫を抱いてしのいだ。

日本では亀を30匹飼ったが、猫は飼わず。庭にやってくる複数の猫たちをかわいがった。

熊楠にとって、全ての猫は「チョボ六」。全猫にそう名づけていた。


幽霊の導き

山で動植物を採集する時に、よく幽霊が出てきて、ありかを教えてくれたと言う。

この不思議な体験を解明してほしいという理由から、自身の脳の死後献体を希望。今でも、大阪大学に保存されている。


皆に愛された

30才近く年の差があったロンドンの日本学者などとも、深く交流をもった。最初は大喧嘩をした2人だったが、率直に議論しあった故だった。日本語への翻訳や資金援助などで、互いに長く助けあった。

(昼間の)来訪者に会わないことが多く、人間嫌いだと噂されたが。そうではなかった。夜中に研究する夜型人間だっただけだ。

熊楠を慕う弟子が大勢いた。行商人や漁師……町の人々が熊楠を支え続けた。

視力や手足が衰えると、妻と娘が協力した。

熊楠は利益にならない研究を数多くしたが、周囲がそれを支えたため、亡くなる年まで研究を続けることができた。