【企画参加・#noteでBL】 予告篇
本作は、毎度恒例、なみさんによる以下の素敵な企画に参加するために書いたものです。別記事であとがきも投稿しますので、よろしければ、本編とあわせてそちらもお読み頂けると嬉しいです。
あらすじ:優等生の蓬田は、社会人の恋人と付き合っていたことが学校にバレ、夏休みの間補習を受けることになった。一緒に補習を受けるのは、髪を金色に脱色した別のクラスの四月一日という男子生徒。共通点はないと思われる二人だったが、あるきっかけから、共に同じバンドを推している音楽オタクであることが分かり、わずかに距離が縮まる。彼と会話を交わす中で、蓬田は離別することになった恋人との記憶を断片的に蘇らせていく。
ジャンル:現代
不純同性交友が、学校にバレた。
それで蓬田は、夏休みだというのに高校の教室にいる。停学でも退学でもなく、補習という罰則で済んだのは、ひとえに彼の日頃の行いが良いからだ。教師に対する態度、友好的。学業成績、極めて良好。悪いのは、放課後の素行だけである。
カーテンの向こうは、熱と光の世界だ。外は地獄のような暑さだけれど、教室の中はクーラーが効いていて涼しい。だからこそ勉強に身が入らず、窓からの景色など眺めているのだが。
夏の雲が、ひどく近くに見える。
「なあ」
話しかけてくるのは、隣で一緒に補習を受けている生徒だ。別のクラスではあるが、名前はよく覚えている。というか、一度見れば忘れられない。四月一日と書いて、わたぬきと読ませる。
白に近い金に脱色した髪が、まるで夏の日差しを受けてたなびく入道雲のようだと、蓬田は思った。
「何?」
「お前って、ホモなん?」
「…その質問、答える価値ある?」
「だってみんな、噂してるぜ」
ゲイ、ではなくあえて差別語を使ってくる辺り、四月一日の言動はかなり意識的なものだ。しかし、挑発に乗るほど蓬田も愚かではない。考える間もなく、無視する方針を取った。
「あ、なんかやな感じ。まあ別にいいけど、どうせお前は優等生、俺は劣等生だし」
「やな感じ」はお互い様だ、と言いたくなるのを抑えて、蓬田は与えられた課題に集中する。英語は、幸いなことに得意分野だ。早く終えれば、その分早く帰宅できる。家に帰りたいかと問われれば、答えに詰まるところだが。
「なんかさー、面白いことねーかな」
無視しているにも関わらず、話しかけてくる四月一日の見た目は、正直に言えば好みの範疇に入る。しかし、それとこれとは話が別だ。
「お前は恋人がいるだけいいよな」
その言葉に、横目でチラリと彼の方を見ると、足元に置かれたカバンのチャックにつけられた、小さなキーホルダーが目に入った。
蓬田は、そのチャームのロゴをよく知っていた。
***
「悪い、今日はやっぱり行けない」
その電話を受けたとき、蓬田は下北沢のライブハウスにいた。マイナーなロックバンドの、公演最終日だ。開演まで、あと三十分を切ったところだった。
「え、何?体調でも悪い?」
「違う。多分、もう会えないと思う」
「…どういう、ことだよ」
「言った通りのこと」
会場はざわついているはずなのに、音が一瞬、なくなったような気がした。気がした、だけではない。本当に、頭の中がその瞬間だけしん、と白くなったのである。受話器の向こうで、彼が小さく嗚咽を漏らしているのが分かった。
「会社にバレたんだ、俺は多分、職を失う」
「…」
「最後に、話せて良かった」
「…」
「さよなら、好きだったよ」
その言葉を聞いた途端、二人で行くはずだった海のことが頭に浮かんだ。去年は、その砂浜で、一緒に砂の城を作った。波打ち際に近いところに作ったせいで、すぐに崩れてしまったけれど、「共同作業」をしているみたいで、何となく嬉しかった。
”君って意外と器用だね”
”そうかな?”
”うん、上手だよ”
受話器の向こうの静寂から、潮が満ちてくるのを、蓬田は感じた。
手の中には、さっきグッズ売り場で購入した、バンドのロゴがチャームになったキーホルダーが握られていた。遅刻してきた彼の分も、と思って二つ買ったのだ。チャームと一緒につけられた鈴が、手の平で微かに、音を立てた。
そのまま、何も考えられないうちに、ライブは始まった。
蓬田は、一人でスタンド席に立ち尽くしたまま、音の波に身を任せた。
音楽にのっている他の客たちが、みんなゾンビに見えた。
そして、彼もまた、そんなゾンビたちの群れの一員であった。
***
鼻歌がきこえる。
やはり、あのバンドの曲のメロディーだ。しかも、一番知られているナンバーではなく、アルバムに収録されているかなりマイナーな歌である。思い出したくはないが、蓬田もその旋律は好きだ。気がつくと勝手に、指が机を叩いていた。
「何?」
「…何って?」
「いや、今リズム取ってただろ、指で」
「…取ってない」
子供か、と自分でつっこみたくなった。明らかな嘘をつくほど、普段の蓬田は愚かではない。ただ、音楽のことになると話は少し変わってくる。オタク、とは認めたくはないが、多分そうなのだろう。メジャーなミュージシャンよりも、インディーロックやオルタナティブなど、人にあまり知られていないアーティストを特に偏愛している。
もしかして、こいつも。
四月一日のカバンにつけられたキーホルダーに視線をやりながら、蓬田は言った。
「お前もあのバンド、好きなの?」
四月一日は、しばらく何も言わずにまじまじとこちらの顔を眺めてから、小さな声で返答した。
「何だよ、普通に喋れんじゃん」
「質問に答えろよ」
「俺の質問には答えなかったくせに」
「こっちのは答える価値のある質問だ」
蓬田がそう言うと、まるで呆れたかのようなため息が、隣から漏れるのがきこえてきた。
「そうだけど、俺ロックオタクだから」
「そう、なんだ」
自分でオタクと言う人間を、初めて見た。
「僕も、好きなんだよね」
「マジ?優等生がきくにはちょっとダーク過ぎない?」
「いや、彼らはダークというよりも…」
意図せず、お喋りに花が咲いてしまった。蓬田は、嬉々としてバンドについて語る四月一日の顔を見ながら、久しぶりに心が躍るのを感じた。それと同時に、自分に触れる恋人の指先や、唇の感触、声の温度を思い出してもいた。
たった一月で、忘れろというのが無理な話だ。
***
「予告編が好きなんだ」
何度目かのデートで、蓬田が遅刻したとき、恋人はいつもより少しだけ真剣な顔つきで、そう言った。封切りになったばかりの映画を銀座で観て、映画館から出てきた直後のことだ。
少しだけ雨が降ったのか、街は青く濡れていた。夜が、二人の肩を抱いている気がした。
「予告編?」
「そう、映画が始まる前にさ、これから公開予定の作品が紹介されるだろ。あれのこと」
「へー、そういう人もいるんだ。映画オタクだってことは知ってたけど」
「オタクかな?」
「オタクだよ」
銀座という街は、普通に生きている高校生にはあまり縁のない場所だ。もちろん、制服を身につけていくわけにはいかないから、その日の蓬田は少しだけ背伸びした格好をしていた。彼の歩幅に合わせて雑踏を歩くのが、何だかとても楽しかった。まるで自分が、みんなより一足早く大人になったような気がしたのだ。
「本編より楽しみにしているまである」
「マジで?それは何故?」
「だってさ、あれってその作品の一番良いとこだけ見せてくれるんだよ。もうそれだけで、映画観なくて良いってくらいに」
「観ないの?」
「いや、観るけど」
「観るんかい」
思わずつっこんだ蓬田のセリフに笑いながら、彼は少しだけ空を見上げた。一瞬、また雨が降ってきたのかと思った。しかし、灰色の雲に覆われた空は、泣いてはいなかった。月の明かりが、雲の隙間からぼんやりと顔を出し、二人を照らしていた。
「人生もさ、予告編みたいだったら良いのにな」
呟くように、ぽつりと、恋人はそう漏らした。
「何それ、どういう意味?」
「言った通りの意味」
「分からない、説明して」
蓬田がそう言うと、しばらく間を空けてから、彼はこう答えた。
「楽しい予感だけ、味わえたら良いなってこと」
***
気がつくと、お喋りに夢中になっていた。
四月一日のカバーしている範囲は思いの外幅広く、蓬田のまだ知らないバンドやミュージシャンについても非常に明るかった。オタクとしてのレベルは、彼の方が上だな、と蓬田は感じた。いつの間にか、自分でもオタクであることを認めてしまっている。
「でさ、その曲ってのが…」
四月一日がそう言った瞬間、廊下の先から靴音がするのが聞こえてきた。
「あ、やばい先生来るぞ」
蓬田はそう言って、ノートに目を落としているフリをした。本当は、もっと彼の話を聞いていたかった。自分がそんな気持ちになっていることを、蓬田は不思議に感じた。夏の雲は、相変わらず近い。手を伸ばせば、すぐ届きそうなくらいに。
でもあれは、決して掴めるものではない。
ドアがガラリと開いて、学年主任の教師が教室に入ってきた。こちらを見ながら、「今日はこれで終わりだ」と言う。大人しくカバンに筆記用具をしまっていると、四月一日がこちらに向かって話しかけてきた。
「なあ、一緒に帰らねえ?腹減ったからなんか食おうよ」
馬鹿だな、と蓬田は思った。もちろん、教師がその言葉を聞き逃すはずはなかった。年配の学年主任は、じろりと蓬田と四月一日に視線を寄越すと、吐き捨てるように言った。
「お前ら、もうデキたのか?さすがだな」
一瞬、自分でもよく分からない衝動が腹の底から込み上げてきた。頭の中で、蓬田は彼を殴った。一発では足りずに、何度も何度も、相手が血を吐くぐらいに、強く殴打した。それでも、気がおさまることはなかった。想像の中で、相手はただの肉の塊になり、蓬田は自分でも何を殴っているのかよく分からなくなった。
もしかしたら、「世間」というものを殴っていたのかもしれない。
ハッとして目を開けると、蓬田は、いつの間にか四月一日と一緒に教室を出て、校庭を歩いているところだった。
地獄みたいな夏の日差しが、肌を焼いていた。
「あーあ、これが明日も続くのか」
四月一日が、両手を頭の後ろにやりながらぼやくのが聞こえた。
「明日だけじゃない、明後日も、その次もだ」
「分かってるよ、皆まで言ってくれるな」
「情報を正しただけだ」
校門までの道が、何だか光って見えるのは、熱気のせいだろうか。
ふと思いついて、蓬田は隣を歩く四月一日に向かって尋ねた。
「そういえば、お前って何で補習受けてるんだ?」
しばらく黙った後、四月一日は前を向いたまま、笑いながらこう答えた。
「不純同性交友したから」
そのセリフを聞いた途端、映画が始まる前のあのざわめきが、胸の中で生まれた気がした。
