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故久泉清之氏と、3本のヴァイオリン

いささかマニアックな話題かも知れません。2363字。長いです。クラシック音楽にご興味がおありの方はどうぞお読みくださいませ。自分自身や家族が弦楽器を弾くようになり、初めて知った世界です。自分もかつてヴァイオリンを習い、夢中で弾いた時期もありましたが現在は別の楽器がメインとなり、それも年齢故の指のトラブルで弾く時間が限られています。

なお、子は別人格ですので、演奏活動やプライバシーに関わる事は書いておりません。私自身が体験し考えた事のみで構成しております。

久泉清之氏のコレクション展。お亡くなりになった事はこの展示のアナウンスで知りました。

久泉さんは、楽器と弓の製作者。それ以上に「調整」で定評のある方でした。誰でもご存知の、国際的な奏者のあんな方、こんな方が帰国するたびに調布の仙川の閑静な一角にある久泉さんの工房に飛び込んできました。

窓の外は緑豊かでした。
玄関前のアプローチも東京とは思えない
しっとりとおとぎ話のような工房

当時既に、子の1人は音大の下部組織で学んでいました。クラシック好きの方ならご存知かも知れません。小澤征爾さんや中村紘子さんが学んだ音楽教室です。順当に行けば10歳以降に在籍するほとんどの子は附属の音高に入学します。(4歳くらいから入室できますが、趣味として習っていた子どもたちの多くは10歳までに辞めます)

子が8歳の時から先生は2年間かけて一緒に東京中の楽器店を周り、フルサイズ楽器を探して下さいました。子どもが大人サイズのバイオリンに替えるタイミングです。また、他の教授たちと情報交換して、当時1500万程度かそれ以上のモダンイタリー楽器(およそ1850〜1940年)を持っての入学が「望ましい」という事実を教えて下さいました。

1500万…  
普通なら諦めるべきところです。(※現在ですと、当時1500万の楽器は4000〜5000万に値上がりしているそうです)

ですが、秘策を思いつきました。
楽器商と同じ土俵に立って海外の競売で求めよう。そうすれば利鞘と関税、諸経費を抑えて市価の三分の一かそれ以下で入手できる可能性がある、と考えました。

ロンドンのクリスティーズオークション
競売下見の下馬評をネットでチェック
手に汗握る博打で某モダンイタリー落札

落札した楽器はロンドンから空輸。文字通り棺桶ほどの大きさの木箱に何重にも梱包。クッション材は藁。

子が10歳の秋です。先生曰く、
「連絡しておくので楽器を持って久泉さんの工房に行って。OKが出たらその楽器で音高受験しましょう」

ヴァイオリンは値段やラベルでは判断できない。仮に音が今はよく聞こえても、状態が良くないかも知れない。それを判断できるのが「久泉さん」だと言うのです。

穏やかですが、
はっきりおっしゃる方でした

落札したそのバイオリンAの他に、私のメイン楽器Bとセカンド楽器Cの計3本を持参。
「Cは私は調整承れません。
Bは正しい良い楽器ですので予備楽器として調整しましょう。古いボヘミアの楽器です。
Aは一体どこで手に入れました?なるほど。これなら音大で使っても大丈夫でしょう。」
かくしてゴーサインが出ました。

AIさん、奏者の向きが変ですよ

調整というのは、多岐にわたります。ペグや駒、魂柱の加工やバランスはもちろん、指板の取り替えや削り、ネックをすげ替える事まであります。調整して下さる方の腕で、響きが全く変わってきます。調子の悪い時だけでなく、定期的に、また、大きな舞台の前にも、いつも久泉さんを頼りました。特にG線の潰れない大きな低音が出るようになりました。


当時、別の先生方や、初めて会うピアニストさん、指揮者さんなどに突然「その楽器の調整は誰に頼んでるの?」と聞かれる事が何度もありました。これは、弦楽器では良くある事だそうです。

狭い範囲では、誰がどんな楽器を使っているかは案外と周知です。ですが初対面で尚且つ子どもですと、弾く前にどんな楽器を弾いているのか聞きにくいですので、なんとなく探りを入れる場合に、調整者さんの名前を尋ねたりするそうです。ああ、久泉さんが調整しているのならちゃんとした楽器だな、と。

なんでこんな大変な弦楽器を
選んだんでしょう

3種を趣味でしか経験していませんが
どの楽器も大変でした。
音楽家の方々を心から尊敬しています

因みに私の楽器C、久泉さんには断られましたが、自分には十分過ぎるほどです。地元の腕の良い職人さんに調整していただき、現役でのんびり良い音を響かせている109歳です。

当時でも小学生で億単位の楽器を所有する話も聞きました(所有していなくてもコンクールなどでは楽器商や先生から借りたり)反対に30万の国産量産楽器でも才能があれば東京藝大に入ったり良い楽器貸与の声が掛かるのも見ました。

子も頑張っておりましたが、親としてこの楽器入手方法が普通の家庭で出来るギリギリでした。(他の方には積極的にはお勧めできませんが)久泉さんが調整を受けてくださり、長く寄り添ってくださったからこそ、多くの演奏の場を安心して持たせていただけたのです。

久泉さん、たくさんのアドバイスをありがとうございました。

この楽器、現在は音大生や若い演奏家に貸与中です。将来有望なみなさんに奏でて頂けて幸せです。


(ちなみに
先生は「8歳までにオーケストラを背にメンコン(メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲)以上のコンチェルト弾く舞台経験をしていないと将来ソリストとしては無理。それでも音大に行きたいなら、覚悟を持ってヴァイオリンでどう生活するか考えて欲しい」とおっしゃいました。
同時に「ただ、辞めずに弾き続ければ、ソリストでなくとも素晴らしいヴァイオリニストです」ともおっしゃいました。)

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