適切な内容の具体例を根拠にして、小論文を書こう。【小論文対策】
更新日:2025/01/15
小論文・作文指導者の〆野が普段の添削・採点指導で教えている、作文・小論文・志望理由書作成における実践的な技法をレクチャーするのが、このシリーズ【文章作成の実践】。
(〆野の自己紹介はこちらから見られます。)
根拠として適切な内容の具体例を挙げよう。
適切な内容の具体例とは
先日、以下の記事で、小論文とは「自分の立てた問いに自分の意見(主張)を立て、それに理由づけをし『論証した(自分の主張が正しいことを実証した)』文章」である、ということを確認した上で、その論証をどのように行っていくのかという過程をたどり、トゥールミンモデルを基に論証のメカニズムを明らかにしました。
そこでは、小論文を書くことのメインの目的が「自分の意見を明確に示し、それが正しいことを論証すること」である以上、その根拠となる「具体例」や「理由」を挙げる必要があることを述べました。その上で、それら「具体例」と「理由」がどのように論証に関わるかについて、まとめました。これが上掲記事の要約内容です(なお、この記事からお読みになられた方は、上掲記事を先にお読みいただくことをおすすめします)。
その上で、今日は「具体例」に焦点をしぼって、その適切な内容とは何か、について考えていきます。
具体例は意見の内容と「同じこと」を具体的に言い換えたものである。
みなさんの小論文を見ていると、「『具体例』になっていない『具体例』」をよく目にします。これ、どういうことかわかりますか。つまり、「意見が正しいことを示す根拠として、その具体例が機能していない」ということなのです。では、そもそも具体例とは何でしょうか。
れい【例】
~略~
⑤ 同じような種類・内容の多くのものの中から、特にとりあげ提示して他を類推させるもの。いちれい。
~略~
「例」の意味を調べるとこのように書かれています。具体的な「例」、それが「具体例」ですが、この「例」の意味で明らかなように、「例を挙げて説明する」とは「自分の意見を読み手に説明する際に、それと同じような種類や内容の事象や事柄を挙げることで、それを読み手に類推させる」ということなのです。つまり、ここで重要なことは「『自分が意見として挙げたことが実際に存在する』と読み手が認知できるように、その意見と『同じような』現実の事象や事柄を例として言い換えて挙げること」であり、端的に言えば「具体例の内容は抽象的な意見の内容を言い換えたもので、意見内容と『イコール関係』である」ということなのです。なぜなら、そうでないと、自分の意見が正しいことを証明する根拠として機能しないからです。
ここで類推という言葉が出てきました。これは、このことを考える上で重要なワードです。これをもとに、「具体例を挙げる」とは何か説明すると、「読み手に自分が主張していることと『同じような』事実を事例として示す」ことで「こうしたことが現実にあるのならこの人が主張していることも間違いではないかもしれない」と「類推させる」ことなのです。
るい‐すい【類推】
①同じたぐいの事、または類似の点をもとにして他の事を推しはかること。アナロジー。類測。
~略~
類推(アナロジー)とは以上の意味です。ですから「読み手に類推させる」とは、読み手に「読み手の大多数の人が既知である現実の事柄を具体的な例として言い換えて示す」ことで、「自分の意見として述べているこの未知の事柄があり得るのだ(=自分の意見が正しい)と読み手に推測させること」と言えます。そしてそのためには、具体例はその意見に示されている内容と「共通点のある」、「同じような」ことでないといけないのです。では、ここで私も具体例を挙げて、これを説明します。
例1
物価が高騰し人々の日々の経済状況が苦しくなっている。たとえば、飲食店や歯科医院の倒産が過去最多ペースであることからも、厳しい国内の経済状況が明らかである。
例1は上掲記事で例文(〆野作成)として挙げたものです。これを使って具体例の内容について説明すると、例1は「物価が高騰することで経済状況が厳しくなっている」ということを意見として主張したいわけです。そのためには「同じような」背景から「同じく」経済状況が厳しくなっていることがわかる現実の事象を具体的に挙げると、読み手はその主張を正しいと考えるであろうと推測することができます。そこで「飲食店や歯科医院の倒産が過去最多ペースである」というメディアでも報道されている客観的な事実を例として挙げました。こうすることで、そのような「厳しい国内の経済状況」を読み手に明らかに認知させることができるのです。
例2
科学が非常に強力なものであることには、誰も異論はない。しかしそれは、科学の処理し得る問題の範囲内での話である。一歩その範囲の外に出れば、案外に無力なものである。科学的とか、科学精神とかいうような言葉が、方々で使われ、人生問題や、政治の問題などにも、よく顔を出している。もちろん正当な意味で使われている場合もあるが、多くの場合は、それ等の言葉は、アクセサリーとして使われている。或いは「科学者の意見」として、ジャーナリズムに担がれている場合もある。
その極端な例としては、この頃、宗教にまで、科学を取り入れようとする宗教家もあるようである。キリスト教では、マリアの処女懐胎が、信仰になっているが、生物学では、そういうことは認められていない。ところが、下等動物では、無性生殖といって、雌だけで子が出来るものもある。そういう知識をとり入れて、マリアの処女懐胎を説明しようとする人にも会ったことがあるが、こういう話は全然間違っている。宗教と科学とは、全く別のものであって、科学といくら矛盾しようが、そんなこととは無関係に存在しているところに、宗教の本質があるのではないかと思う。
例2は物理学者である中谷宇吉郎の文章です。最初の段落で述べている「科学は非常に強力なものであるがそれは科学の処理し得る問題の範囲内での話であり、その範囲の外に出れば無力なものである。」というのがここでの意見です。それを示す例として「人生問題や、政治の問題などにも科学が持ち出されている」、「ジャーナリズムに科学が担がれている」ことを挙げて、その多くの場合それらのケース(=科学の範囲の外の事例)では「科学がアクセサリーとして使われている(=それらは科学の処理できる問題ではないので科学が無力化されお飾りと化している)」と断じています。さらに、次の段落では、「極端な例」として「科学を取り入れようとする宗教家(=科学の範囲の外の事例)」を挙げ、その中にはマリアの処女懐胎を下等生物の無性生殖で説明しようとした人(=科学の範囲の外の事例)もいるが、それは「(科学はその範囲の外に出れば無力なものであるため)全然間違っている」と述べています。以上のように、「科学が科学以外に無力である」ことの根拠として、これらの例を挙げているわけです。
このように、具体例とは、意見の内容と「同じこと」を具体的に言い換えたものであり、そうしないとその意見の根拠として機能しない、ということが言えます。
具体例は「実験・調査・観察・観測で誰でも確認できる普遍的・客観的事実」でなければならない。
前述したことに加えて、具体例は「実験・調査・観察・観測で誰でも確認できる普遍的・客観的事実」でなければなりません。つまり平たく言えば「誰もがいつでもどこでも常に、見たり聞いたり体験できたりするもの」でなければ、適切な具体例にはなりません。
「たとえば、私は昨年あの山中で幽霊に二度遭遇している。あの山には幽霊がいると断言できる。」という文章があったとして、これは大変説得力を欠いています。それは一般的に、「幽霊」を誰もがいつでも観測しうる事象とは考えていない(と考えられる)からです。たしかに、「幽霊がいる」ことの根拠として「自分が幽霊に遭遇した体験」を事例として挙げており、その限りでは意見を類推させる具体例の内容のあり方としては妥当かもしれませんが、その事例として挙げた事象は普遍性や客観性を欠いており、具体例としてふさわしい内容とは言えません。「いやいや、私は霊能力があって霊が見える」とその人(書き手)が付け加えて言ってもダメです。それはその人個人にそういう特殊能力があるからこそ「幽霊に遭遇」できるのであり、そうした、他の人にはできない「その人にしかできない」ことなのであれば、その具体例は多くの不特定多数の読み手が納得できる根拠として機能しないのです、
ここではわざと極端な例を挙げましたが、この手の間違いは、実は結構多くあります。つまり、具体例として挙げた事象や事柄が余りにも普遍性や客観性を欠いている(主観的な超個人的体験だけによっている)ため十分なソースやデータとして機能していないケースです。
こうならないためには、「自分が具体例として挙げるものがどの程度の普遍性・客観性を担保しているのか」を自身でチェックする習慣をつけるとよいでしょう。たとえば、書こうとしていることが「新聞で読んだこと」、「テレビニュースで見たこと」、「ネットニュースで知ったこと」などのようなものの場合は、(公共性のあるソースに依拠しているため)他の人も見聞きしている事象であると考えられます。また「学校で習った考え」、「塾で教わった方法」などのものなら、もう一般的に受け入れられている、(定説として学問的裏付けのある)常識的な学術理論や法則として浸透していることとも考えられます。しかし、書こうとしていることが「昨日夢で見たこと」、「昔から自分が信念として考えていること」、「うちにしか伝わっていない言い伝え」、「我が家の中のルール」などのようなものの場合は、(余りに個人的・主観的な経験や体験に依拠しているため)他の人が認知し得ないことである可能性が強く、それを具体例として挙げても、多くの読み手に自分の意見を正しいと納得させる根拠として機能しにくいと言えるでしょう。これは、具体例としてふさわしい内容とは言えません。
まとめ ~具体例は、「自分の意見を具体的に示す、普遍的・客観的な事例」である~
具体例を単に「具体的な話をする」くらいの認識で書いている小論文を多く見かけます。しかし、それでは認識として不十分です。その具体例が自分の意見の根拠として有効に機能するためには、その具体例からその意見として言いたいことが類推できるような内容としてまとめられていないといけません。また不特定多数の読み手がその具体例を根拠にその意見に納得するためには、「普遍性や客観性のある現実の事象」を具体例として挙げる必要があります。こうした点を注意しながら、適切に具体例を挙げましょう。
〈参考資料〉
検索と引用には、以下の二つのサイトにお世話になりました。
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