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小論文・志望理由書での外来語(カタカナ語)の扱い方に注意しよう!

更新日:2025/09/12

 小論文・作文指導者の〆野が普段の添削・採点指導で教えている、文章作成における基本事項を紹介するのが、このシリーズ【文章作成の基本】。

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(〆野の自己紹介はこちらから見られます。)


安易な使用が可能である半面「何となく使えてしまう」カタカナ語(外来語)

 以前、志望理由書の添削をしていて、こうした文章を見かけました。

 「貴学では少人数制のゼミがあり、こうしたカリキュラムに強く惹かれました。」

 この文章を見たときに、私は大変強い違和感を覚えました。なぜなら、カリキュラムという言葉の意味を誤って理解しているような文章だったからです。

カリキュラム〘 名詞 〙 ( [英語] curriculum ) 学校教育などで、学習活動のために準備された教育の内容を目的や段階に応じて配列したもの。教育課程。

精選版 日本国語大辞典


 上記の通り、カリキュラムというのは、本来「最終的な教育目標を達成するために、どの段階で何を学ぶのかを配列した総体」を意味します。たとえば「〇〇学」を修得する上で、最初に基礎として何を学び、次にそれを踏まえて何を応用的に学び……といった、「学習段階に応じて何を学ぶべきかを順序だてて配列した教育課程の全体」を指します。しかし、最初に示した文章では、少人数制のことをカリキュラムと考えているような文脈となっており、その少人数制指導そのものはカリキュラムとは言えないため、文意が正しく読み手に伝わりません。言うならば、この場合は教育制度や教育システム(指導システム)などが適切でしょう。これに限らず、「カタカナ語の意味を誤って使っているケース」は、結構散見されます。

 外来語(カタカナ語)は、元となる日本語ではない言葉や単語を音写して生まれた語です。そのため、簡単に日本語文章の中に使うことができるのが利点です。しかし、半面、元となる言葉を既存の日本語表現に訳して「日本語化」したものではないため、「意味がわからなくても何となく使えてしまう」という難点もあります。今回は、文章における、こうしたカタカナ語(外来語)の扱い方について述べていきたいと思います。

カタカナ語の多用は厳禁!「純日本語」に置き換え可能なら、そちらを優先する!

 受験生の小論文に限らず大人でも「文章作成においてカタカナ語を多用する」人をよく見かけます。しかし、カタカナ語の多用は避けるべきです。理由は簡単です。伝わりにくい文章となり、文章全体がわかりにくくなるからです。

 カタカナ語を多用する人の種類には、以下のタイプが想定されます。

1 「仕事ができる感じ」・「頭がよい感じ」を演出したい人
2 日本語が母語ではない人
3 語彙力(ボキャブラリー)が乏しい人

 1は、単なる虚栄心です。でも、そういう自覚があってカタカナ語を使っているなら、即やめましょう。本当に仕事ができる人や学のある人に、すぐに見透かされ、かえって逆効果です。2は、ある意味仕方がないケースです。ただ、そうした人は日本語をより学習すれば、日本語の語彙も広がり、いずれこの問題は解決するでしょう。

 ここまでは、本質的な問題ではありません。問題は3です。ほとんどの「カタカナ語多用者」がこれに該当すると思います。そうです。カタカナ語を多用しがちな人のほとんどは、「語彙力が欠けている人」、つまりその言葉に該当する日本語の単語や熟語を知らない人なのです。前述の通り、カタカナ語は簡単に使えます。しかし半面、その容易さから多用されがちになるのです。

このプロジェクトのゴールは、グローバルマーケットでのコンペティティブなポジショニングを確立することです。そのために、チームはイノベーションとクリエイティビティを活用し、最新のテクノロジーをインテグレートしたストラテジーをデザインしています。

生成AIに指示して作らせた「カタカナ語を多用した文章」例1

 これは、生成AIに指示して作らせた「カタカナ語を多用した文章」です。見ての通り、言いたいことが何となくはわかりましたが、文意が明瞭とは言えませんね。では、この障害となっている多くのカタカナ語を「純日本語」に置き換えるとどうでしょう。

この計画の目標は、世界市場で競争力のある立場を確立することです。そのために、チームは新しいアイデアや発想力を活かし、最新の技術を取り入れた戦略を考えています。

例1の改善案

 また、同じくこんな文章も作らせました。

最終的には、グローバルスタンダードにマッチするプロダクトをローンチし、サステナブルなグロースをアチーブする計画です。

生成AIに指示して作らせた「カタカナ語を多用した文章」例2

 こちらも、何を言いたいのかがわかりにくい文章になってしまっています。「サステナブルなグロースをアチーブする」なんて、何か芸能人のルー大柴さんの話しぶりのようですね(笑)。こちらも適切な表現に直してみます。

最終的には、世界の基準に合った製品を世に送り出し、持続可能な成長を実現する計画です。

例2の改善案

 これらの例からわかるように、そのカタカナ語と同じ意味の日本語表現があるため、あえてカタカナ語をつかわなくてもよいものばかりです。むしろ、カタカナ語を多く使うことによって、わかりにくい文章になってしまっているのはこれらの例から明白でしょう。そして、こうした事態を避けるには、語彙力の養成が不可欠である、ということもわかります。

カタカナ語を使う必要があるなら、その言葉の意味をしっかり理解して用いる!

 しかし、「あえてカタカナ語を使わなければならないとき」もあります。それは、「その元の言葉が意味する事物や概念が現在の日本語や日本文化の中にないとき」です。それには、以下の三つのケースが考えられます。

1 新しい概念が日本に輸入された際、対応する日本語がまだ存在しないため。
2 原語のニュアンスや幅広い意味をそのまま(一語で)表現するのが難しいため。
3 一種の専門用語として、その言葉が業界内での共通理解を得ているため。

 1については、明治期の啓蒙思想家の西周が「philosophy」を「哲学」と訳したり、同じく思想家の福沢諭吉が「economy」を「経済」と訳したりしたように、それに対応する日本語が作られてそれが普及しない限りは、その言葉の使用においては、カタカナ語として音写されるということです。2のケースは「日本語に訳すことはできなくはないが、それを同様に一語で表すものが日本語にない」というときです。たとえば「フィードバック(feedback)」は、「相手の考え方や実際の行動を受けて、それに対して指摘や評価を行うこと」ですが、これは相手がこちらにとったアクションに対してこちらが反応を返すという「双方向性」のある言葉であり、今のところこれを一語で表す日本語はありません。こういうときはカタカナ語が用いられます。最後に3のケースは「その業界や世界内では専門用語としてその言葉が普及しているため、その業界や世界内のコミュニケーションにおいては、あえて日本語に訳す必要がないとき」です。テレビ業界での「カメリハ(カメラリハ・CR)」は「カメラ・リハーサル」のことであり、「本番撮影と同じ撮影条件下で行われる、番組の進行を事前確認し、予定通りに実施できるようにするための練習」のことです。しかし、その業界内では「カメリハ」で通用しているため、あえて「純日本語」には訳されずそのままカタカナ語として流通する、というようなケースです(ただし業界外の人間には通用しないため、その場合は別の言葉に訳して適宜補足表現や説明をする必要がある)。以上が、文章中や会話内で、カタカナ語を使う必要があるケースです。

 ただし、この場合は当然のことですが、元の言葉を正しく理解していることが求められます。ですから、正確で十分な理解がないまま、こうしたカタカナ語を使うのはやめましょう。先に挙げた「『カリキュラム』という語を使った文章」のように、意味の通らない文章となってしまいます。

(もちろん、言葉の意味を正しく理解した上で文章を作成するということは、何もカタカナ語に限った話ではなく、文章作成における基本中の基本。)

まとめ ~小論文や志望理由書では外来語(カタカナ語)は多用しない方がよい。また使用には十分な理解を要する。~

 以上のように、外来語(カタカナ語)の多用は避けるべきです。しかし、IT関連用語など、海外で新しく生まれた分野の言葉や表現はそれに当たる日本語表現がないことがあるため、カタカナ語を用いるしかないこともあります。そのときは、当たり前ですが、そのカタカナ語の意味を正しく理解してから用いないと、読み手に伝わる文章とはなりません。

 今は「国際化の時代」。これから海外から多くの事物や文化が流入することで、ますます新しいカタカナ語が生まれてくるでしょう。しかし、理解不十分のまま、その言葉を使うという事態は避けたいものですね。

〈引用資料〉
コトバンク

(カタカナ語の多くは、近年新しく生まれた事物や概念を意味したものです。こうした辞典もあると便利です。)


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