台湾有事は起きないし、中台統一も実現しない‐その理由
台湾有事という言葉は連日のようにどこかで使用されている。私は最近はテレビも見ないし新聞も読まなくなったが、SNS上で台湾有事はインプレッションを増やすための魔法の言葉のように機能しているとすら感じる。イラン戦争が起きて大国の軍事行動が身近な問題になり得ると我々は今思い知らされているところであるため、台湾有事にもリアリティがあると思う人は多いかも知れない。
だが、台湾有事は起きない。そして、台湾と中国の統一もまた、実現することはない。
以下にその理由を述べる。
日米同盟の連携と強くなってきた台湾軍
沖縄の米軍が事態に即応できるようになっているだけでなく、自衛隊による支援も加わり、アメリカのシンクタンクによるシミュレーションでも自衛隊の支援がある限りアメリカ側が勝つとの結論を出している。
確実な勝利が保証されないギャンブルに中国共産党が自らの体制維持を懸けることなど考えられないと言ってよい。かつて中国はベトナム侵攻に失敗したことがあるが、台湾との統一は中国共産党にとっては絶対に失敗できないナラティブであるため、うかつに有事を起こして失敗すれば現政権の上層部は全員吹き飛ぶほどのインパクトを持つ。そのようなことを党内部の権力闘争に勝ち抜いてきた共産党の上層部がするはずがない。
一部では現指導部が窮地に陥った時にやぶれかぶれで台湾に侵攻する可能性を指摘する人がいるが、そのような理由で戦争を始めた場合、もちろん勝てるわけがない。
また、台湾自体の防衛力も強大化している。現在の台湾のミサイルは北京を射程に収めている。さらに世界最大級の三峡ダムへの反撃リスクを北京は無視できない。もし三峡ダムにミサイルが撃ち込まれるようなことになれば、下流域に暮らす数億人が被災することになる。
「戦わずして勝つ」中華圏の美学
日本では文武両道を愛する人が多いが中華圏にそのような価値観はない。中華圏では諸葛孔明のように「生ける孔明死せる仲達を走らす」ほどの知略こそが理想とされる。
かつては朝鮮戦争の時のように中国側も数に任せた力押しを選択していたが、現代では台湾に中国の資本や人材が入り込み、中国がなければ台湾は生きていけないという状況を生み出しからめ手で併呑するというのが中国側の主たるシナリオになってきている。上に述べたように日米同盟と戦争するわけにいかないので戦略は転換されている。天安門事件で一度は世界から孤立した中国だが、その後、急速にその状態を脱し世界的な強国になった今、台湾に人材と資本を投入することで目的達成を狙うことは理にかなったものだとも言える。
私が台北にいた頃、日本の一流企業から派遣されてきた現地法人の日本人の社長たちが大勢いた。台湾と中国の経済統合が進んでいることから日本資本がまず台湾で法人を作り台湾法人の体裁で上海に工場を持つためだ。この資本の流れは逆方向にも動いている。台北の地価は天井知らずに上がったが、その主たる要因に中国資本の流入があげられる。台北のホテルもやたらと高いが中国人観光客が押し寄せるからだ。
日本でも最近は歴史ある温泉旅館のオーナーが中国人だったりすることが珍しくないが台湾もしかりだ。資本も人材も中国から台湾に流入し、気づくと台湾というよりは中国の一部であるかのような実情になるというベクトルは力強く存在する。ある人はそれを「台湾の内なる中国」と呼んだが、これが中国側のメインシナリオと見て差し支えない。よって、繰り返すが、台湾有事は起きない。
国民党の確実な復調
近年、国民党が地方選挙や立法院で復調し、蒋介石のひ孫で台北市長の蒋萬安氏が将来台湾の総統になるだろうと目されている。以前馬英九総統がシンガポールで中台首脳会談に臨んだことがあるが、蒋萬安氏が総統になれば同じような感じで香港あたりでトップ会談し、台湾で民主的に選ばれた政権と中国が平和的に統一することで合意し、その合意は即時に発行するとの声明を出せば、台湾の有権者にとっても日米同盟から見ても万事休すだ。事務的な準備などを気にする必要はない。ベルリンの壁も一夜で無効化され既成事実は不可逆に世界を変えた。繰り返しにはなるが、民主的に選ばれた政権が平和的に中国との統一を選ぶのだから国際的にも非難のしようがない。
今このシナリオが生きているのに、中国がわざわざ侵略行動を起こしてシナリオを潰してしまう理由はない。よく台湾島を包囲するような形での軍事演習が行われていることから、演習から侵攻へと移行するのではないかと危惧する人はいるが、飽くまでも脅しであると私は考えている。中国の言うことを聞けば中国からの投資が入ってきて台湾人の生活はよくなるが、言うことを聞かなければどうなるか分かっているなと言外に示すのが最大の目的だ。演習は認知戦の一環なのだと理解すべきだ。
ウクライナ戦争はロシアが当初演習という形で軍事力を展開しそのまま侵攻したことから同じことが起きてもおかしくないと考える人がいるが、当時、本当にロシアが演習だけを目的としていると信じていた人はいない。演習という体裁は国内の人々にそう説明していただけで早い段階から西側では実際の軍事力の行使が予想されていた。
「演習からそのまま軍事行動に移った例が多い」という言説をSNSで広める人はいるがそれは事実誤認だ。その人は果たしてどれほどのケースを挙げることができるだろうか。戦争をするには前線と兵站と政治がセットで同じ方向に向いていなければならない。軍事演習からそのまま実際の軍事行動へと想像力を広げる人は、戦争は最前線の部隊だけで行うものという錯覚をしている。
台湾と中国の統一も実現しない
2000年代、台湾ではかなり多くの人が将来は中国と統一する運命にあると考えていた。中国の強さに抗うのはいかにも無理そうだし、これから中国が世界一になってアメリカも日本も追い抜くのなら勝ち馬に乗るのも悪くないと思えたからだ。
しかし2014年の上海ショックからおそらく中国は立ち直ることができておらず派生して不動産市場が崩壊し追い打ちをかけるように製造業が流出している。中国は社会と経済が成熟せぬまま縮小へと転じてしまった。公式統計すら疑わしい現状で沈みゆく巨船にわざわざ乗り換える必然性は台湾にはない。また香港で起きた巨大なデモとその悲劇的な結末を世界中の誰もが記憶している現状で、台湾側から積極的に統一したいとの動機は生まれない。
国民党はそもそも100年にわたり共産党と対峙してきたという事実も忘れてはならない。国民党が蒋萬安氏に共産党への実際上の降伏という汚れ役を本当にさせるだろうかという疑問も残る。
そもそも西安事件の結果、蒋介石は生きのび共産党軍は国民党軍に編入されて八路軍になったが、これは共産党と毛沢東を殺さない代わりに蒋介石主導で日本軍に対抗し近代中国を建設するという取引が成立していたことを意味している。そして、そのひ孫の代で共産党に併呑されるというのは生粋の国民党関係者からすればブラックジョークにもほどがあるということになるだろう。もうちょっと言えば、中国と台湾の統一が実現すれば、用なしになった国民党関係者が順番に逮捕される懸念も私はあると思う。第二次大戦後、台湾海峡を挟んで中国と対峙し続けてきたことが国家や人民に対する反逆だと因縁をつければどのような法理法論も弄することができる。国民党内部ではこのリスクに気づいている人も多いだろう。
国民党が共産党に近づいたのは李登輝氏の民主化により国民党による台湾での独裁的な地位が失われることへの危機感があったからだ。ひまわり学生運動で一旦は国民党はほぼ完全に党勢を失ったが、その後じわじわと地方政治から回復してゆき、遂に前回の立法院選挙では過半数をとった。総統選では民進党の頼清徳氏が勝利したものの、頼氏の得票は過半数に及ばなかった。かつて台湾独立派の英雄的存在と見なされていた陳水扁総統は、議会でも過半数を得ることができず、行政も軍も国民党サイドの人材に占められている中、総統府だけがよりどころという状況になった。行政が動かなければ物事が動かないので陳相当は過激なスピーチをすることに徹していた。頼総統はその時と同じ状況に置かれているわけだが、陳水扁氏が無から有を生み出していったのに対し、頼総統は既に十分に民主化された中で国民党の復調が起きているのだからかなり切迫した危機感を抱いているはずだ。
先日の国民党立法院議員たちに対するリコール運動は私は無理筋だと思ったが、そのようにしてでも立法院の過半数を民進党が得なければ頼政権がまともにレガシーを残せないまま国民党へ政権が移るということへの危機感の表れだ。
いずれにせよ、蒋萬安氏は将来、議会も地方政治も国民党が押さえた状況で総統に当選する可能性はそれなりに高いと私は考えている。連戦氏や馬英九氏の時代は、国民党の将来がどうなるか見えないという不安の中で共産党との連携が模索されたが、蒋萬安氏が政権を取った場合、文句なしに民主的に選ばれた安定政権になることが予想できる。安定政権がわざわざ中国共産党に併呑してくださいと頭を下げる必要はない。そうこうしているうちに中国経済は更に縮小していかざるを得ず、統一の可能性は一方的に下がっていくのが現状と言えるだろう。それまで蒋萬安氏は中国との統一を選びそうなふりをして、いざいよいよというときに、やっぱりやめたと言うことができる。
最後に‐油断禁物
中国が今すぐに軍事行動を起こしてこないのは先に述べたように、日米同盟が台湾を防衛することと、台湾の国軍そのものの強大化に最も大きな理由がある。アメリカのシンクタンクが中国もし台湾と戦わばという趣旨のレポートを出したことは話題になったが、あのようなレポートが出てくるのも、アメリカに於ける台湾ロビーの血と汗と涙によるものであろうと推察できる。油断してそのような努力を怠り、日米台の台湾防衛がおろそかになれば、中国側は力による台湾併合は可能だと考えるようになるだろうから、そこは意識しておくべきだ。
