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阪神・淡路大震災から30年

 阪神・淡路大震災から30年が経ちました。

 当時、学生だった僕は、まだケータイも持っていない時代でしたので、リアルタイムに震災の発生を知らず、朝のアルバイトが終わった後、表参道で街ゆく人々の会話からなんとなく、関西で大震災が起きたことを知りました。

 いま思えば、当時はニュースの伝播、拡散のスピードははるかにゆっくりしており、一方的なメディアの情報を受け取るほかなかったわけで、昨今のように、個人の情報発信の影響力がメディアを凌駕するような時代が来るとは、考えもしませんでした。

 その後、3月に入り、フェリー経由で徳島に入る際、阪神青木(おうぎ)駅から東神戸港に向かう道すがら、あちこちに張られた青テントを目の当たりにしました。ある意味、その時が僕にとって、大震災の被災地を目の当たりしたはじめての経験でした。

 30年前の当時、被災地に対する支援体制は、今思うと非常に貧弱であったように感じます。震災からの復旧・復興を担った地方公共団体である兵庫県、神戸市は、震災後、長きにわたり多額の公債費負担に苦しみましたし、個人の生活再建に対する支援も未整備でした。

 しかし、30年という時間の中で、少しずつではありますが、災害にあった地域に対する国の財政支援制度が整備され、同時に、被災者や被災企業に対する、再建支援制度も拡充してきました。

 また、阪神・淡路大震災を教訓に、建築基準法の改正や耐震改修の促進に係る法改正や支援制度の充実、市街地における防火地域の設定や避難経路の確保など、災害発生時における防災・減災対策が進められてきました。その後、何度も大きな震災に見舞われましたが、30年前を教訓にした一連の防災・減災対策により、ある程度、被害が軽減されたことは確かだと思います。

 とはいえ、毎年、この日になれば、30年前の今日、犠牲となった多くの命の無念を忘れることはできません。少なくとも、自分が生きているときに発生したこの震災については、この日を縁にして、犠牲者に思いを致し、改めて哀悼の意を表するとともに、来るべき災害に備える日としたいところです。

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