火中の栗を拾いそれをリレーする難しさ――組織のセンターラインにあってこそできる役割
昨日から今日にかけて、僕の所掌する部門に非常にイレギュラーな対応が求められる場面がありました。
正直なところ、部門の担当者たちには明確な落ち度はなく、それぞれが自分の職責をきちんと果たしていたと思っています。
ただ、僕たちの部門は、社内外のコミュニケーションの「ゲートウェイ」の役割を担っているため、その伝達の過程におけるちょっとした認識の違いや曖昧な言葉選びが、外部との水掛け論のようなトラブルに発展してしまいました。
こうしたとき、どれだけ「間違ってはいない」と主張しても、相手側にとっては通じる話ではなく、むしろ感情的な反発を招く火種になりかねません。とはいえ、担当者レベルで、非を認めるのは、感情的に容易ではなく、それを組織全体のために強要することは、そのセクションのモラール低下につながりかねません。
このため、部門の総括責任者である僕自身が出て行って、担当部門は守りつつ、まずはこちらの非をある程度認める姿勢を取りながら、相手にも協力をお願いし、事態を速やかに収束させることを決断し、まずは火中の栗を拾いにいきました。
この問題、難しかったのは、伝達上の不備を解消したとしても、それで終わらないことです。伝達されるべき業務内容は、僕の部門の業務ではなく、別なプロジェクトチームに関わることです。ですので、そこの目詰まりを解消したうえで、本来の部門に引き継いでもらわなければなりません。
しかしながら、このプロジェクトチームは、多忙で社内的に有名なところであり、常に殺気立っています。
そのうえ、ここまで、伝達の不備で1カ月近く時間を空費してきたうえに、スケジュールがかなり逼迫、感情的にも少々こじれています。しかも、この内容は経営トップの出席行事となる可能性が高く、秘書室にも火急案件として持ち込まなければなりません。
いわば、三重の関門を突破しなければ誰も動けないという、典型的な「火中の栗」を拾う状況。こういう場面では、ただ担当者が「次お願いします」と投げるだけでは到底受け取ってもらえません。全体を見通した上で、各所に働きかけ、納得してもらえるよう段取りを整える必要があります。
幸い、僕はこの組織で四半世紀以上、中枢的な業務に携わってきました。今回、それぞれの関門のキーパーソンたちは、いずれもかつて机を並べて共に仕事をした仲間たち。
だからこそ、僕が表に立ち、事情を説明し、誠意をもって頼み込むことで、不承不承ながらも、リレーのバトンを受け取ってもらえる算段を取り付け、何とか初動で躊躇うことなく、火中の栗を拾うことができました。
組織の「センターライン」に立つ人間の役割は、こうしたときにこそ問われます。面倒で誰もやりたがらない調整こそ、自分がやるべき仕事なのだと、あらためて実感しました。組織で積み重ねてきた信頼と関係性が、結果として今を支えているのだと気づかされた二日間でした。
