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火中の栗を拾う覚悟――対立の先にある果実を取りにいくために

火中の栗を拾うというのは、できれば避けて通りたい仕事です。

出口の見えない対立軸、利害が絡み合い、誰もが一歩引きたがる場面に、あえて足を踏み入れる。正直に言えば、消耗も大きく、報われる保証もありません。

それでも、その役割を引き受けるのであれば、ただ飛び込むのではなく、あらかじめ「ラフな設計図」を頭の中に描いておくことが欠かせません。

どこに着地させるのか、最低限のラインはどこか、誰がどの段階で納得できるのか。完璧でなくていい、むしろ現場で修正する余白を残した粗い設計でいいのです。ただ、その「向かう方向」だけは見失わないようにする。

あとは、結局のところ人です。
双方と丁寧に向き合い、信頼関係を一つひとつ積み上げていく。正論だけでは動かない場面で、相手の言葉を受け止め、時に汗をかいて動く。
その積み重ねが、硬直した対立にわずかな揺らぎを生み、交点を見つけるきっかけになるのだと思います。

もちろん、火中の栗は拾わないに越したことはありません。リスクは高く、評価も不確実です。
ただ、いつもそれを避けていては、結局は何も変えられないし、得られるはずの果実にも手が届かない。組織人の場合、辞令が出れば、よほど理不尽でない限り、そこは受けて立つしかありません。

困難事に当たるには、覚悟と設計図を持ち、あとは現場で泥をかぶる。また、その先にしか、見えてこない景色があるのだと思います。

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