見出し画像

実家じまいと米国関税問題を思う金曜日

    昨日で母の前の住まいの撤収が終わり、これで実家じまいも一段落したように思います。両親が東京に来てから築いてきた家庭の痕跡は、写真や数点の小物を除いて、ほぼすべてが消えてしまいました。思い出というのは、形あるものがなくなっても心に残るものですが、それでも、小さいころから見覚えのある家具の一つ一つには、正直、心が引かれる瞬間がありました。

  一度、持ち家のマンションを引っ越した際に、かなり整理したつもりでしたが、今回あらためて処分にかかる費用の多さに驚きました。リサイクル料金や運搬、立ち会いの労力、そして時間。これで万が一、空き家になった一戸建てを解体するとなれば、数百万単位の出費になります。そう簡単に「壊そう」とは決断できないのも、無理からぬことです。

 モノの整理と気持ちの整理は別物だということを、今回ほど痛感したことはありません。とはいえ、形を失っても、記憶がある限り、実家は自分の中に生き続けるわけで、いずれにせよ、思い入れのない後の世代に負担を残さない程度、自分の記憶の中に、家族の思い出は持っておきたいと思います。

 さて、話は変わって、米国との間の関税問題で、政権批判がなされていますが、正直、誰がやっても今以上の成果は難しかっただろうと思います。赤沢さんが火中の栗を拾うようにして対応している姿を見るにつけ、むしろよくやっていると感じます。
現状の米国は、日本の都合などおかまいなしに動く存在であり、国内で批判合戦をして、足の引っ張り合いをしても、事態が良くなるわけではありません。

 関税によって輸出が減少すれば経済への影響は避けられないでしょうが、今の米国の、あえて平地に乱を起こすようなやり方は、細かい想定を重ねても意味がなくなることも多く、むしろ、柔軟に乗りこなす姿勢こそが今求められているのではないかと感じます。

いいなと思ったら応援しよう!