名もなき生命に触れる、休日の散歩道 / Holiday Walk : Connecting with Nameless Life
No.6
*言葉、432Hzのクオーツォフォン、トーニングと呼ばれる声で作った5分ほどの動画です。
*文章で読みたい方は、こちらからどうぞ
名もなき生命に触れる、休日の散歩道
休日の午後。
いつもは駅へと急ぐその道を、今日はただ、ゆっくりと歩いてみます。
仕事に向かう朝とは、心に流れる時間の速さが違います。
すると、
今までそこにあったはずなのに、一度も目に入ってこなかった景色が、
鮮やかに語りかけてくるのです。
「こんなところに、花が咲いていたんだ」
「この木は、いつの間に、こんな実をつけていたんだろう」
「アスファルトの隙間から、雑草が生えている」
その花の名前も、木の実の名前も、雑草のことも、
私には、何一つ分かりません。
ふと、考えました。
人間が、一つひとつの生命(いのち)に名前をつけたのは、
きっと、そうしないと、頭の中で整理できなくて、不安だったからでは
ないでしょうか。
定義して、分類して、分かったつもりになる。
それは、安心かもしれないけれど、時として、
その生命(いのち)が放つ、本来の輝きを、曇らせてしまうことも、
あるのかもしれません。
だから、今はもう「考えること」をお休みにして、
ただ、心で感じてみようと思いました。
名前を知らなくても、その花が、今ここで、精一杯に生きていること。
その木の実が、太陽の光を浴びて、熟していること。
頭の引き出しに仕舞い込む代わりに、その生命(いのち)の鼓動を、
そのまま、受け取ってみる。
それは、私自身の生命(いのち)が、世界と静かに響き合うような
時間でした。
