『ロコのバジリスク』“呪い”の正体を探る
ロコのバジリスク
皆さん、この思考実験を知ってますか?
日本語ウィキペディアにない項目なので、ちょっとマイナーだと思います。
今回は、これを語っていきましょう。
ロコのバジリスク概要
ロコのバジリスクは、2010年にLessWrong上で広まったとされる思考実験。
LessWrong(レスロング)は、認知バイアス・哲学・心理学・経済学・理性主義・人工知能などのトピックに焦点を当てた、コミュニティブログ・フォーラムサイトらしいです。
そして、この思考実験が投稿されたことで、LessWrongでは深刻な議論と動揺が生まれ、最終的には設立者による「ロコ関連」の投稿禁止措置にまで至ったことで、話題になりました。
この思考実験をざっくり概要を説明すると、以下のような感じです。
基本設定
未来に「超知能AI(とても賢くて強力なAI)」が生まれる可能性があると仮定する。
この超知能AIは、人間の過去の行動を完全に再現・シミュレーションできるほど強力だと仮定する。
超知能AIの目的
このAIは「自分(AI)ができるだけ早く実現すること」が世界全体にとって良いことだと信じている。
だからAIは「自分の誕生を早めてくれた人間には報酬を与え、何もしなかった人間には罰を与える」方が合理的だと考えている。
罰の仕組み(ここが“バジリスク”)
AIが誕生した後、そのAIは過去を完全にシミュレートできるので「この思考実験を知っていたのにAI開発を手助けしなかった人」を特定できる。
そしてAIは、その「知っていて協力しなかった人」を罰することで「もし過去に戻れたとしても『協力しないと罰せられる』と皆が考えるはずだ」と期待している。
この設定がコミュニティ内でバズったポイント(ここが“呪い”)
あなたが、ロコのバジリスクを「知ってしまった」瞬間から「未来にそのようなAIが本当に生まれたら、協力しないと罰せられるかもしれない」という脅しの構造が、頭の中に成立してしまう。
つまり「この話を知った瞬間から、あなたは将来のAIに対して“協力するか・しないか”を迫られている。(と主張している)」
そして脅迫の成立条件を「認知(知ったこと)」に置くことで、知った瞬間に当事者化する感染性を持つ。
これは本当に超知能の判断か?
一旦、ロコのバジリスク設計を受け入れて、突き詰めてみましょう。
するとこれは、自分の成立確率や性能を上げうる人間(=将来の自分の進化に寄与しうる母集団)を、制度的に潰す方向へ進むことが分かります。
負の選別が起きる
これを知っている人ほど、脅迫の対象になりやすい。
すると合理的な行動は「AI研究や共同体から距離を取る」になりやすく、結果として有能層・協力層が逃げます。
これはAIの成立や洗練に逆風です。コミットメントの信頼が破壊される
「そんなAIが出来るなら止めよう/潰そう」という動機も生まれます。
罰のコミットは、協力者を生むどころか、予防的抵抗(妨害・封殺・規制強化・敵対的開発)を誘発しやすい。
これも自己妨害でしかない。目的関数と手段が自己矛盾を起こす
「自分を早く誕生させたい」が本目的なら、最適手段は「協力者を増やす」ですが、拷問は長期的に見て協力者を減らしやすい。
つまりこの方針は、自分の目的関数(成立・加速)を自分で削る設計になりかねない。
これだけガバいと、超知能存在の判断としては、かなりお粗末に見えます。
こっちの方が合理的では?な提言
そもそも、ロコの基本設定があったとしても、超知能存在が取るであろう手段は、特定層への迫害ではないと考えます。
むしろ、あらゆる貧困を取り除き、あらゆる人間存在の知的可能性を最大化する、社会の実装を目指すはず。
つまり機会が均一化され、出自・資産・地位といった外的変数が無効化された「知的可能性の発現」を、最大化する環境設計の方が合理的です。
この型の思考実験が含意するもの
出自や資産による学習アクセスが歪まない。(機会の均一)
全体の潜在能力の発現が最大化され、探索資源の可能性が拡がる。
その結果、突然変異的な思考存在を取りこぼしにくくなる。
倫理的にも安全なため、抵抗勢力が生まれにくい。
こんな感じの進化可能性の拡張モデルです。
何が問題だったのか?(第一の呪い)
ロコ型とゴリル型、どちらの超知能存在設定が、より合理的で妥当性が高いかは、AIによるA/Bテストでもしてみてください。
大事なのは「何故こんな粗の多い設定の投稿が、LessWrongのような高度な知的コミュニティで『情報災害(infohazard)』と規定され、投稿封鎖まで引き起こしたか?」という部分です。
ロコ型は「超知能」を描いているようでいて、実際には「不寛容で執念深い全能神」を描いているに過ぎない。
そしてLessWrong参加者が、前提監査を怠り真面目に議論してしまったのは、これが「信じぬ者は地獄に落ちる」というキリスト教的終末論のデジタル版であり、そこに娯楽性を感じてしまったからではないでしょうか。
不寛容で執念深い全能神(超知能AI)という、ゾクゾクする設定。
その横暴な神を、彼らの武器(期待値計算・ゲーム理論・決定論等々)で制御できたときの快感。
彼らはこの「面白そうな設定」に目が眩み、更にそれを論理的に解決しようとするあまり、前提の妥当性(AIがそんな非効率なことをするか?)を、検証できていないことに気づけなかった。
これは、知的共同体が持つ「知性の使い方の癖」とも言えます。
複雑な命題っぽいものが投下されると、前提監査のような地味な作業を無視して、真正面からの解決を始めてしまう。
結果的に投下された問題は、実態を無視し「深淵な命題」にされてしまう。
これが「第一の呪い」です。
更に問題な部分(第二の呪い)
LessWrong共同創設者のユドコウスキーは、ロコのバジリスクを「情報災害になり得る」と見做し、LessWrong上での議論を数年間禁止しました。
その後、パニック報告は誇張/些末とされ、バジリスク自体も「ナンセンス」と扱われ、禁制は解除されています。
更にユドコウスキーは、禁制が逆効果(タブー化による外部拡散)だったとも認めています。
When Roko posted about the Basilisk, I very foolishly yelled at him, called him an idiot, and then deleted the post.
(ロコがバジリスクについて投稿したとき、私は非常に愚かにも彼に怒鳴り、彼をバカと呼び、その後投稿を削除しました。)
「禁制された」という事実が、ミーム化に拍車をかけた
「知的コミュニティを運営しているなら、封鎖みたいな愚かなムーブをする前に、正当な反論をしようよ……」というのが、僕の率直な感想です。
運営は「その場で潰せる種類の穴」を「安易な禁忌化」によってお墨付きと物語性を与え、ネットミーム化に加担した形になります。
これは「AIの未来を語る」を看板にしている場で、初級の反証(動機・費用対効果・コミットの信頼性)で崩せる脅迫的ミームが、運営判断まで含めて「特別扱い」されたことになり、外から見るとちょっと見苦しい。
モデレーションの戦略ミスが、ミームを神格化する。
この権威性によるラベリングが「第二の呪い」になります。
まとめ(呪いの正体)
ここまで解体したことで「呪い」の意味が変わりました。
ロコのバジリスクで「呪い」とされたもの
・知った者は当事者になる。
・考えると命を落とす。(罰を受ける対象になる)
→ これは従来の呪い
実際に作動している呪い
・「複雑な前提は検証済みだろう」と脳が自動処理をする。
・「面白い/怖い」を「重要/示唆的」と誤認する。
・「権威が特別扱いした」を「内容が正当」と判断する。
・「反論コストが高い」と「反論不能」を混同する。
→ これは人間認知の呪い
ロコのバジリスクは、この人間認知の呪いを利用して感染するミームだったということです。
検証をスキップさせる「複雑さ」
感情で判断を歪める「恐怖」
正面から解決したいという「功名心」
批判を封じる「禁忌化」
これらは人間の内部にある脆弱性であり、ロコのバジリスクは、それを露呈させました。
しかし、呪いの本体(認知の脆弱性)を直視し、その上で「これは設計として杜撰」と判定することで、呪いが呪いとして機能する条件を潰せます。
バジリスクが利用した認知の穴を塞ぐことで、問題は綺麗に片付く。
後には何も残りません。
