大寒の朝 #私の二十四節気
夜半からの風は、朝になると一層強さを増していた。
ガラス窓がきしむ音。何かが激しくはためくような音。時折、ピュウッと甲高く鋭い音も聞こえた。
今朝の強風は、数日前から報じられてきた今シーズン最強寒波の影響なのだろう。
けれど、ここ宮城県は、日頃から風が強いことで知られている。
日本海側から吹く風が奥羽山脈にぶつかり吹き降ろすためだという。全国の県庁所在地の中で、風速10m以上の強風が吹く日数が最も多いのは仙台だと、以前どこかで聞いた記憶があった。
家を出て、仕事に向かう。ゆるやかなカーブを抜けて広い通りに出ると、窓を閉め切っていても強風を感じた。愛車の軽は、横風に弱い。日頃は狭さを感じさせない快適な車高が、こんな強風の日は車体を煽られるリスクに変わる。
ハンドルを取られないよう気を張りつつ職場へと向かいながら、かつて暮らしていた北海道での日々が思い出された。
けれど、今朝の仙台に、雪は無かった。
ただ、風だけが激しく吹いていた。
雪の有無ではなく冷たく吹き下ろす風が、今が冬だと告げていた。

北海道で生まれ育った私にとって、冬の強風といえば吹雪のことだった。
あるいは、降り積もった雪を強風が舞い上げる地吹雪。
大人になり、自分でハンドルを握り車を運転するようになってからは、ブラックアイスバーンと地吹雪のセットは大雪よりも恐ろしいものになった。
北海道で暮らしていた最後の約20年間、私はインフラ系の工事会社に勤めていた。
どんな悪天候でも、臨時休業になることの無い職場だった。
むしろ、自然災害の時ほど必要とされる仕事だった。
猛吹雪の中、復旧作業に向かう高所作業車の後ろ姿を何度見送ったことだろう。
「ご安全に」の言葉に込めていたのは、安全作業への願いだけではなく、どうか無事に帰ってきて欲しいという祈りだった。
雪は、恐ろしいものだった。
なのに今、雪の無い冬に物足りなさを感じている自分がいる。
勝手なものだなぁ、と、我ながら思う。
もちろん、ここ仙台にも、雪は降る。
郊外では雪景色も見られるし、街中でも思いがけず積もっては、交通渋滞を引き起こすこともある。
けれど、街の中心部で根雪を目にすることは無い。
その代わり、この街では木々が季節の移り変わりを知らせてくれる。
通勤路にしている広い通りの街路樹は銀杏だ。夏の間、青々と茂っていた木々は秋になると黄色というより金色と呼びたくなる鮮やかな色に変わり、その後、道路脇に落ち葉を積もらせていた。
今では、その枝のシルエットだけをくっきりと空に向かって伸ばしている。
「杜の都」とは、よく言ったものだと思う。

この街の四季への驚きと戸惑いを積み重ねながら、やがて、ここでの四季が私にとっての四季へと変わってゆくのだろう。
故郷と思える街が増えてゆくのは、面白い。
※ 相互フォローさせていただいている「はし」さんの企画に参加させていただきます。
いいなと思ったら応援しよう!
チップよりも、一人でも多くの方々に読んでいただけるよう、気に入った記事や作品があればシェアしていただければ幸いです。
チップをいただいた際は、東北各地や能登など全国の美味しいものの購入費用として活用させていただきます。